指先の魔法
授業中、教師が現れないのを良いことに教室中が騒がしくなる。
用事が授業にまで押しているために遅れてくるのか、ただ忘れているだけなのかはわからない。
すごいのは誰一人として教師を呼びに行こうとする者がいないこと。
『ねぇ、仁王ー?』
「なんじゃい。」
『暇だから髪いじらしてー?』
「お断りじゃ。」
『ケチ!』
50分の暇時間を仁王で潰そうとしたけど断られてしまった今、暇潰しを別に考えなければいけない。
『ねー仁王ー?』
「なんじゃい。」
『背中に文字書いて当てっこしよ?』
「暇潰しに?」
『うん。』
「俺も明良に書くん?」
『うん。』
私の提案に前席の仁王はこちらを振り返り見たけど、少し間を置いてから仁王は机に突っ伏し、初めの体勢に戻った。
「お断りじゃ。」
『なんで?』
「俺が明良ん背中に文字書いたら100%引っかかる。」
『なにに?』
「おまえさんの下着に、」
悪戯に笑う仁王の背中をバシッと叩いてやった。
すると痛みから背筋が伸びた。
「事実を言うたまでなのにそこまで怒らんでいいじゃろに。」
『つべこべ言わずに背中に書かせて!暇で死にそう。』
「死んだら菊の花添えといちゃる。」
『バカ!』
なんだかんだ言って仁王は優しい。
何も言わないけど付き合ってくれるらしく、背筋を伸ばした。
『よし、』
「……ブン太には恋人がいます?」
『お、すごい。漢字で書いたのに。したら続き。』
「…ヒントは甘えんぼです。」
『さて、答えは?』
「今んなぞなぞだったんか。ブンの甘い恋人じゃけん。答えはお菓子。」
『ピンポーン!』
指先で書く文字を仁王がちゃんと理解してくれたことが嬉しくて、再度指先を動かし始めた。
「…仁王は解かれるとオオカミ。」
『で?答えは?』
「可愛い可愛い子羊は明良。」
『違う!』
「今に食われるんじゃから覚悟しんしゃい。」
『すでに食べたくせに。』
「なん?」
『なんでもありません!』
仁王は髪を解くと上が短いからちょっとしたウルフヘアーになる。
髪型が答えだったのになんて言うことをいうのだろう。
おかげでいつかの夜を思い出してしまった。
『(でも、嫌…ではなかったな。)』
優しくしてくれたというものの激しく揺さぶられた私は完全に――。
でも、あれから何事もなかったように接してくる仁王にもどかしさや切なさを感じたりして。
“好き”
仁王の背中に指一本だったとしても触れている。
それでついつい感情に流されて、気づいた時にはその二文字を彼の背に書き込んでいた。
「!」
仁王からの答えを待つ間、しきりに波打つ鼓動に緊張感が増した。
答えを得るまでのほんの数秒が何分も何十分も何時間にも錯覚した。
「……わからんねー」
いくつか返してくるであろう言葉を列挙していたのにそのうちのどれにも該当せず、呆気にとられた。
あまりに予想外だったものだから、それに対する返答の口調が強くなった。
『なんでわからないの!』
「あ〜明良ん字が汚いんじゃ。じゃけ、もう一回書いて?」
『な、なんで!』
「声に出して読み上げてくれると尚、嬉しいねえ。」
『え…』
彼はなかなかの策士であること、私は忘れていただろう。
振り返って私の頭を撫でてくる彼の笑顔が私の心を異常なまでに弾ませた。
彼が言う子羊は――
指先の魔法
オオカミに身を捧げてしまった
** END **
#2008.6.3
「子羊とオオカミ」のちょっとした続編に
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