君がこの星ならば
住み慣れた東京という地を離れ、中学の2年間を共に過ごした友人に別れを告げ、私は遠い地へ来てしまった。
父の仕事の都合が理由でも、私はあそこにいたかった。
毎日が憂鬱で学校も楽しくなんかない。
学校に馴染めないというのもあるけど、なにより別れを告げたくなかった人が東京にいるから余計やる気が起きない。
こんな思いをするくらいならみんなに出会わなければよかった、とまで思う。
『東京に帰りたい。』
部屋の窓を開けていた私が呟いた言葉は虚しく、黒い闇へと消えてなくなった。
残念なことにこの私の嘆き声に答えてくれる流れ星は一つもなかった。
カチカチ。
時計の動く音がはっきり聞こえるような静かな夜に騒々しい、と苛立つ携帯の着信音が鳴った。
携帯の相手なんかしたくない。
それでも、今は放っておいてほしいという理由からさっさと携帯を黙らせようと考え、携帯を手に取った。
『もしもし?』
「よお、どうしてる?」
苛立っていた私の心を一瞬で沈めたのはこの声だった。
沈めることを通り越し、切なさを覚えた。
『……景吾。』
幾度となく流れ星に願った、その願いが聞き届けられたのかもしれない。と、頭の隅で考えていた。
「あん?その声からすると悩みでもあんのか?」
『違うんだけどね。』
「なんかあったら言えよ?」
跡部景吾。
出会った当時はやりたい放題の勝手さに苛立って、しまいには嫌っていた。
それなのに今は彼に愛しさを感じているのだから人間の男と女はくすしく造られている。
『ありがとう。』
景吾の声を聞いて、優しさを感じて、胸が暖かくなった。
弱音は吐くべきではない、と気持ちが強くなった気がした。
それでも、女とは常に不安を抱えている生き物だから辛い。
『景吾が今見えてる星ならいいのに。』
「あん?どういう意味だ?」
『見えるところにあるから手を伸ばせば届きそうな距離だと思えるの。例え、指先と星が触れ合うことがなくても見えるだけで安心出来る。少なくとも今の私なら…』
そう弱音を吐いてしまったけど、本当に景吾が星ならって思った。
そうすれば、こんな切ない思いをしなくてすんだし、今こうして涙する必要もない。
「泣くな、明良。」
『!』
「俺には…明良が今なにしてるかわかる。なにを考え、なにを思っているかもな。」
『…どうして?』
見えていない私の行動までわかるというのは全く理解出来なかった。
彼、景吾は私の言葉を聞いて笑った。
電話越しでしかその声を聞けないのはもどかしい。
「好きだからな。」
『え?それだけ?』
「好きだから、いつも明良のこと考えてる。だから、明良は今どうしてるのか、ある状況で明良がどうするのかわかるようになった。」
『そ、なんだ…』
「安心しろよ。俺は今も明良をこんなに思ってんだ。」
景吾の言葉でうれしくて言葉を返すことを忘れていた私のせいで少しの沈黙があった。
景吾はふと笑って私に呟くように言った。
「もし、俺が星なら夜しか明良に会えねえ。だとしたら夜独特の雰囲気に耐えきれないな。」
『え?』
聞き返した私に景吾はまた笑ってこう言った。
君がこの星ならば
男として我慢出来ねぇよ、と言った
** END **
2008.5.29
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