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唇を温めて


外に出た瞬間、頬を撫でる湿った空気にウンザリする。

目の前で大粒の涙をこぼして泣き始めた空がいた。

今日カサが必要なんて新聞の予報にはなかったのに。


“彼女もきっと泣いている”


この空と同じように。

仕事の会議が長引いてしまい、終わって時計を見上げたときには7時半を回っていた。

今から会いに行っても間に合わない。

なんて大人しく諦めるわけもなく、会社横に止まる送迎車に見向きもせずに走り出した。


車だと交差点で足止めを食らう。

そんな少しの時間でさえ、もったいないと感じたのだ。


“明良に会いたい”


その気持ちが大きくなり、俺はタイミングを見計らい、信号を無視して道路を渡った。

車にクラクションを鳴らされ、急ブレーキの音がうるさい町中で響く。


「チッ、誰にクラクションを鳴らしてやがる。」


そう悪態をつき、車を睨んだ。

睨んだってしかたねぇのにな。



さて、病院に着いたはいいが案の定、面会時間に間に合わなかった。

俺は面会者用出入り口で懇願した。


「少しで良いんだ!」

「規則ですから…そういうわけには、」


当然、病院側は譲らない。

話してる時間が無駄だと思い、手っとり早く札束を投げつけてやろうと思ったときだ。


「佐藤さん、816号室の早苗さんがどこにもいません!」

「明良が…?」


看護師たちは俺が明良に会いに来たことを知ると青ざめた。


「あの、ご心配なく。きっと建物内にはいますから、」


そんな言葉、気休めでしかない。

明良がいなくなったというのに安心できるバカがどこにいる?


「どこだ…明良!」


ここまで雨に濡れたのだからカサなんか気にすることはない。

俺は雨の中、病院の敷地を走り始めた。


アイツの体ではそう遠くにはいけないからこの辺りにいるはず、と信じて走り回ること数分。


「…明良?明良!!」

『け、ご…?』


雨の中、カサもささずにベンチに座っていた明良を見つけた。

すぐに駆け寄り、抱きしめた。


「時間内にこれなくて悪かった。」

『へ…き、』


明良の体は冷えきって震えていた。

バカの一言でも言ってやりたかったが、俺のせいだと思うと明良を責めることは出来なかった。


「一人にして悪かった。」

『うん、』

「病室に戻ろうぜ?」

『一緒にいてくれるなら……』

「あん?」

『だって、病院って怖いんだもん。』

「……フッ、わかった。」


俺の服をギュッと握った明良がどこか幼い少女に見えた。

可愛い素振りに胸が熱くなり、明良を再び抱きしめた。


「ごめんな?」

『来てくれたからいいの。』

「早く体暖めねぇと、」

『……じゃあ、まずは――』


俺はそう言う明良に優しく唇を重ねてみることにした。

反応を見て彼女が求めていたことを確信した。





唇を温めて
その細くて弱い体は病室で暖めてやる





** END **
#2007.7.11



あきゅろす。
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