パパになります!
日曜日の午後、とある公園に来た。
そこにはベンチに腰掛け、ベビーカーを押したり引いたりして立派にパパを務める宍戸の姿があった。
聞きたいことがあるから、とその日俺が宍戸を呼び出したのだ。
俺たち夫婦より早く子供が出来た宍戸は“その時”どうしたのか聞いておきたかった。
「出産の立ち会い?」
返答を聞く前に怖くなった。
当時を思い出しているであろう宍戸の表情は青ざめ、歪んでいたからだ。
「立ち会ったぜ?立ち会ったけど……耐えられないな、あれは。」
妻である明良の出産予定日を控え、俺は立ち会うことを明良と約束した。
しかし、肝心なことを考えに含めることを忘れていた。
「よく考えもしなかったな。」
「ま、でも。心配だから立ち会うしか道はねぇと思うぜ?」
長い時間、赤ん坊を外に連れていてはいけないと思い、適当なところで会話を切り上げ、宍戸と別れて帰路に就いた。
帰宅してまず一番に明良の姿を探した。
というのは見張っていないとあの大きなおなかを抱えているというのに平気で家事をするのだ。
「おい明良!」
『もう帰ってきたの?おかえりなさい。』
「ただいま。……じゃなくて、なにしてんだよ!!」
見れば昼食後の片づけはすでに終わり、掃除機をかけていた。
出産も近いし、無茶なことをさせたくはない一心で明良を叱っていた。
『平気なのに、』
「俺がするから明良は大人しく得意な裁縫でもしてろ!」
『……』
「子供が産まれたら好きなことも忙しくて出来なくなるんだ。今は主婦業も休暇だ。」
『じゃあ、お言葉に甘えて。』
素直に心配してくれてありがとう、と明良は言い、裁縫道具を出してきて大人しく針を手にとった。
明良の代わりに掃除機をかけ始めた俺は彼女を横目に見ながら仕事をこなした。
確かに立ち会いは精神的ダメージが大きいだろうが出産する本人のダメージが一番大きいのだから――
「俺が不安がってどうすんだ。」
明良を支えてやらなくてはいけないわけで弱音を吐いている場合ではなかった。
『景吾、赤ちゃん生まれたら、三人でピクニック行こうね?』
「幼稚園児みたいなこと言ってやがる。」
『だって春なんだもん。』
「仕方ねぇな。近場ならいいぜ。」
『やった!』
生まれてくる赤ん坊にパパとママが一番に声をかけてやることから子育ての始まりだと、俺は改めて思った。
立ち会いの約束も果たし、少し落ち着いたある日、宍戸に電話して言ってやった。
「立ち会い、宍戸が言ってたほど大変でもなかったぜ?」
「マジかよ?」
「いや、明良が激痛と戦ってる間、胃が痛かったけどな。」
「ほらみろ。」
「でもな――」
言いかけたとき、赤ん坊の泣き声が聞こえてすぐに思考を働かせた。
「泣いてるぜ?」
「わかってるに決まってんだろうが!」
「その話はまた今度で良いって。」
「悪い、」
電話を切ってすぐに子供の元へ向かった。
泣いている原因に気づき、お襁褓(むつ)を換えにかかる。
『あ、ごめん景吾。』
「いや、」
『…ありがとパパ。』
「パパとか言うな。」
『だってパパでしょ?パパにお襁褓換えてもらえてよかったね〜?』
「……」
パパなんて呼ばれ慣れてないから今はくすぐったい感じがする。
しかし、こいつが話し始めたら俺をパパって呼び始めてすぐに慣れるだろう。
けど、あっという間に成長する娘は年頃になると恥ずかしがって“お父さん”なんて呼ぶんだろうな。
そう思うと少し寂しいから――
パパになります!
ずっとパパと呼んでほしいと願った
** END **
2008.4.25
NO.315000
芹澤 雛希さまへ
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