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僕の隣は君の特等席


この恋はほんの小さなことからの始まりだった。

雨の時期、バスで通学するのだが身長の低い私は吊革すら手に届かない。

そのため、揺られながらバランスを取るが周りの人から押される始末。


『(早く梅雨時期過ぎないかな…)』


私が乗るとき、すでに人でいっぱいで乗り過ごすわけには行かないから無理矢理乗り込む。

するとさらに後ろから人が乗り込んだ。


「すいません、乗ります。」

『あ、仁王先輩…』

「お?チビマネの明良じゃ。」

『なんですかそのあだ名。』

「じゃて、これ届かんじゃろ?」


吊革にぶら下がるように握るのは部活の先輩である仁王先輩は私を茶化すように笑う。

しかし、その笑顔は一変、優しく笑うと自分の肩から掛かる鞄の持ち手を掴んでいるように促してくれた。

いたずら好きな先輩の意外な一面にときめいてしまったのだ。


それからというものの、仁王先輩と帰る方面が同じだと知り、時間さえ合えば登下校を共にしていた。

卒業間近である仁王先輩とこの道を歩くことは今までみたいに頻繁にはない、と思うと寂しく思えた。


「今日はえらく言葉数が少ないのう。なにかあったんか?」

『先輩たちが卒業すると中等部が寂しくなるなって…』

「そんな辛気くさいこと考えとったん?」

『だって!』

「会えなくなる訳じゃなかよ。明良より1年早く高校に上がる、それだけの話じゃ。」


仁王先輩はそう言うと力なく笑った。

自分に吊り合う女が好きだという彼にしたら、卒業や進学は大したことじゃないかもしれない。

私の勝手な片思いだし。


『高校上がったらこうやって歩くこともないじゃないですか。だから寂しいんです。』

「別に俺と歩かんでもねえ。」

『バスに乗ったとき私は吊革に届かず、前みたいに転けないように頑張らなくちゃいけないんです。』

「だから?」

『え?』

「だからなんじゃい。」


わかってる。

仁王先輩が私をただの部のマネージャーとして接していることくらい。

でも、少しくらい“特別”になりたい。

仁王先輩と登下校して、吊革に届かない私に鞄の持ち手を掴むように仁王先輩が言うのは私だけであってほしいの。


『…すいません。』


誰でも願うよね?

希望はなくても、可能性がなくても、好きな人の特別になりたいと欲張ってしまうよね?


『わがまま言い過ぎました。』

「……」


バス停にいた私たちはバスを見送ってしまった。

こんな重い空気の中、次のバスを待つなんて私には耐えがたいことだった。


『じゃ、じゃあ…私、用事あるんで本屋さん寄って帰りますから。』


そう伝え、踵を翻して仁王先輩から一歩、二歩、と遠ざかった。

すると先輩がポツリと呟いた。


「明良にとって俺はなんじゃ?」


立ち止まり、振り向くと仁王先輩は目だけでこちらを見ていた。

俺が聞きたいんはそこなん、と付け加えると私と向き合った。


「勘違いされとうないんで弁明させてもらうが俺、重要なこと聞いとらんぜよ?」

『……』

「登下校やバスで捕まっちょる相手は誰でもよかの?」


私に真実や真意を語らせようと巧みに彼の舌が語りかける。

私はその問いかけに巧(うま)く引っかかったのだった。


『仁王先輩じゃなきゃ嫌です。』

「はは、よう出来ました。」

『なんですかそれー!』

「高校上がる前に明良をものに出来てよかった。これで安心して高校生活送れるっちゅうもんじゃ。」

『…ん?』

「なんでもなかよ。さて、用事はさっさと済まして帰るぜよ。」


クールな彼が私に手を差しだし、子供みたいに笑うから心臓が爆発しそうになった。





僕の隣は君の特等席
俺がかつて女を隣に置いて歩いとうの見たか?





** END **
#2008.2.26

NO.275000
さつきさまへ



あきゅろす。
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