ヌイグルミ 小さい頃、高いところにあって届かなかったチャイムも今なら余裕。変わらないのはチャイムの音を聞きつけて陽気な声をあげながら幼なじみが玄関を開けたこと。 「よぉ、」 両手をポケットに突っ込み、適当に挨拶をした俺の姿を見るなり明良は目を見開いた。しかし、次の瞬間には優しく笑いながら応えた。 『雅治……久しぶり?』 幼なじみでこんなに近くに住んどるんに会うことがあまりなかったんはなぜじゃろう? 久しぶりと言われ、胸が痛んだが、すぐに懐かしく思えた明良の笑顔に癒された。 『急にどうしたの?』 「ん〜…いや、なんとなく顔が見たくなったんじゃ、」 明良と長い間会っていないかったのにあまり違和感を感じないのはなぜなん? 「お邪魔します、」 『飲み物はココアで良い?』 「あぁ。おまえさんココア好きじゃもんな、」 『入れてくるから先に部屋行ってて?』 慣れた足取りで明良の部屋に向かえるのはそれだけよくこの家に来た、という証拠だとふと思った。 久しぶりに見た明良の部屋は相変わらずきちんと整頓されとった。 ふと、部屋に飾られていたものに目に留めるや、切なさが急に襲った。 それからすぐに部屋に飲み物を運びに来た明良は俺を見て言った。 『雅治が部屋に来るなんて何年ぶりかなぁ?』 俺がこの部屋に来たんは5年ぶりくらいで、明良に会ったんは2年ぶりくらい。通学の方向が全く違うせいか、中学に入ってから忙しいというのを理由に会うことはなかった。 『ねぇ、雅治?』 「なん?」 『これ覚えてる?』 と、言いながら取り出したんはボロボロのクマのヌイグルミ。俺がさっき見とったもんじゃけえ。 「まだ、持ってたん?」 それは俺が明良に3歳の誕生日の時にプレゼントしたヌイグルミ。バカにするように言うと怒りながら言われた。 『当たり前でしょ?』 「未だに、それがないと寝れないとか?」 冗談混じりで言った。あれから10年以上が経つのに草臥(くたび)れたヌイグルミを今も飾っている理由がよくわからん。しかし、気づくことになる。 「ボロボロやのう?捨てればいいん、そんなもの。」 俺の言葉を聞き、ボロボロのヌイグルミを明良は大事そうに抱きしめた。 『捨てられないよ……雅治が初めて私にくれたものだもん。』 あの時、初めてプレゼントした時のことを明良は覚えてた。それだけで嬉しくなった。 『今はこれがないと寝れないなんて事はないけど――』 そのヌイグルミは明良が一人で寝るのが恐い、と言っていた時にプレゼントしたものだった。 『雅治がくれたものだから大事なの、』 そして、震えながら明良は言った。 『ずっと、雅治に会えなかったからいつも、これを抱きしめてたの。』 俺は涙を流した明良をすぐに抱きしめた。 『バカみたいとか思うかもしれないけど、私は忘れもしないよ……』 「俺かて忘れん、」 そう、長い間会っていなかったのに違和感を感じなかったのはお互いを思うとったから。 俺たちがこどもの頃に交わした約束を君は忘れちゃいなかった。 ヌイグルミ 独りで寂しいときはこれを抱きしめんしゃい ** END ** #2006.2.20(千石清純) (2007.3.29仁王にてリベンジ) |