11 犬も歩けばラヴ…
リョウが書いたメッセージはきちんと製本され、のちに出版された。
それは言うまでもなくこももの本の隣に並ぶことになった。
こももが書いたの本は彼氏へ、リョウが書いた本は夫へ、または悪い恋愛癖を克服した恋人へプレゼントする本として人気を帯びた。
『僕から君へ』
『私から貴方へ』
“犬だって愛を求めるんだもん”というこももの一言でこの二冊を併せて“犬も歩けばラヴ…”とタイトルづけられることとなった。
さらに犬の視点で書かれた本、“美人姉妹合同作”として売り上げが延びたのだった。
ところでこももやリョウたちは世の中から評価されることに見向きもせず、ただ夫と平和に静かに暮らしていた。
「景ちゃん、こもも子供欲しい。」
「産めねぇだろ。」
リョウの書いた本を眺めるのが日課となっているこももは本を見ながらそう言うと景吾に冷たくあしらわれた。
それに対して気を遣った宍戸が口を開く。
「だって犬と人間の子供なんて危ねぇだろ?奇形とか生まれそうだし。」
『そうだよこもも。』
「むう!」
景吾にチクチク刺さるような視線を向けるこももに対し、景吾は負けじと釘を打つ。
「それにこももにガキなんか育てらんねえよ。」
「なんでよ!」
『確かに……少し無理っぽそう。』
「リョウちゃんまでひどい。」
耳が生えていたならショボンと下げているであろう具合に肩を落としたこももを景吾は抱き上げると宍戸に言った。
「宍戸、先に寝るぜ?」
「あぁ、」
『おやすみなさい。』
景吾が去っていくと宍戸はリョウの顔色をうかがった。
そういったことに疎いリョウだからこそ疎い宍戸はリョウの意見が気になったのだろう。
「……やっぱ欲しいもんか?」
『そりゃあ、亮との子供なら。』
そうリョウの言葉を聞き、照れているのか宍戸は顔を赤らめた。
少しの沈黙後、遠くから慌ただしい足音が聞こえてきた。
「リョウちゃん、聞いて!景ちゃんの研究グループが!」
目を輝かせたままこももは宍戸たちがいたリビングに飛び込んできた勢いで嬉しそうに話し始めた。
「なに、なんの話?」
「妊娠しても犬にさえならなければ問題ないんだって!」
『え?』
「それマジか?」
こももを追ってきた景吾はため息混じりにこももの頭を鷲掴みにした。
「ホルモンバランスの波のデータをこももでずっととってたんだよ。それが安定したんだ。」
『それはどういう意味?』
「強いて言えば“人間になりきれた”ってことだ。」
長い間、人間として生活していたため、犬に戻れる要素がなくなっていたのだ。
もとより犬に戻りたいと願うことさえないから余計だ。
「はぁ、あまりにしょげてるからつい口が滑っちまったんだよ。言わなきゃ良かったぜ。」
「なんで?子供作れるんだよ?嬉しくないの?」
「嬉しいのは嬉しいが……本当は驚かせたかったんだよ。内緒で妊娠させてやりたなかったんだ。」
こももはそう聞くと景吾に抱きついて十分驚きました、と顔を綻ばせて言った。
それを聞いた景吾も嬉しそうに笑った。
「じゃあ、避妊しなくていいわけ?」
「まぁ、そういうことだ。機嫌が直ったんなら寝るか。」
「えぇ!抱いてくれないの?」
「………………寝る、」
景吾の反応を見て肩を落とすこももは泣きマネをしながら次のように呟いた。
というのはこももは子供を生むことを望んでいたのだ。
「景ちゃんはこももとの子供いらないんだー…」
呆れたようにため息を吐いた景吾はこももを抱き上げた。
しょうがねぇな、と呟く景吾を見て満足したのかこももは嬉しそうに笑った。
「なら覚悟しろよ?こももんナカにすべてを流し込んでやる。」
「っ、うん…!」
景吾はその場に残ることになった二人を顧みることなく、自室に入っていった。
「(たく、なんつー会話をしていきやがるんだアイツら!)」
『(景吾さんてばあんなことサラッといつも言うけど…恥ずかしくないのかな?)』
その後、会話がないまま時計の針が少しだけ動いた頃、呟くように宍戸が口を開いた。
「子供、か。」
宍戸の反応が怖くてリョウは俯きながらも耳だけ傾けていた。
リョウの気持ちを汲み取った宍戸は彼女の頭に手を乗せて言った。
「別に無理につくらなくていいよな?自然に任せようぜ?」
帰ってきた言葉を聞いたリョウはやっぱり亮だな、と喜びながら感心し、宍戸にすり寄った。
「お互い準備が出来たらな。」
宍戸はリョウに微笑むと彼女も微笑み返した。
宍戸はゆっくり立ち上がるとリョウに手を差し出した。
「寝ようぜ、リョウ。」
『うん、』
その手を握ったリョウを連れ、宍戸は静かにリビングを後にした。
そして、二人は自室へと姿を消した。
一つ、また一つと家の明かりが消えていく。
静かな夜とは言えない夜が始まる。
広い敷地にポツンと建つおしゃれなデザインの家。
その門には2つの表札――
“跡部”“宍戸”とあった。
** HAPPY END **
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