8 幸せになります
その数週間後のある日――
景吾は時計を気にしながら落ち着きのない様子で片手にこももを抱いていた。
「なんや跡部。見せつけるために俺らを呼んだんか?」
「クソクソこもも。」
やがて呼び鈴がなり、それを待っていたかのように景吾が立ち上がり、こももが真っ先に玄関に向かった。
それを見ていた芥川は隣にいた仁王に目を向けて言った。
「仁王、おめぇさ?よくこももを手放したな?」
「フッ、こももが幸せになれるんなら俺はなんでもよかよ。」
「ふーん?」
芥川は仁王からそう聞くとこももを追っかけて走っていった。
彼女は玄関を開けるなり訪問者に飛びついた。
「リョウちゃん、宍戸くん、いらっしゃい!」
「うわぁ!?」
『びっくりしたー』
「早く入って!」
こももは景吾を呼びに中へ入り、姿を消すや訪問した宍戸とリョウは互いに顔を見合わせた。
『「(なんでいらっしゃい?)」』
こももに呼ばれた景吾が間もなく玄関に来て二人を出迎えた。
そして、久しぶりに言葉を交わした。
「よく来たな。」
「跡部、元気そうだな。」
『こもももね。』
「うん。」
パーティの案内は出し、景吾がフランスからわざわざ宍戸たちを呼び寄せたのには訳があったが内容は告げていなかった。
「跡部さん、準備出来たそうっス!」
「すぐ始めますか?」
ちょうど使用人たちから支度が整ったことを聞いた日吉と切原が景吾を呼びに来た。
知らせを聞いた一行はホールへと向かった。
「俺腹減ったスよー!あ。でも“こういう場なら”なにか出ますよね?」
「コラ赤也!飯を食いに来た訳ではあるまい。」
「は、はい…」
期待していた切原を学生時代同様に(副部長としての立場から退かれたというのに)叱る真田を見て幸村が静かに笑っていた。
今日という日を盛大にしたい景吾は二人を見て言った。
「いいや真田よ。食事くらいさせてやる。好きなもの言え。なんでも用意させる。」
「まじまじすっげー跡部太っ腹ー!」
「いやっほーい!なんでも、なんて俺に言っていいのかよ?寿司に肉、デザートまで注文付けるぜぃ?」
景吾の言葉を聞き、芥川や丸井が子供のように喜びはしゃぐのを見た幸村はやはり笑っていた。
「大人になっても子供を世話する苦労は耐えないな跡部。」
「まあ、アイツらはあれでいんじゃねぇか?それがアイツららしいってもんだろ。」
みながそれぞれ落ち着いたことを察した景吾は指をパチンと鳴らした。
「ウス。」
すると樺地がホールの明かりをゆっくり消し、スポットライトの明かりを付け、ホールの入り口に向けた。
静かに聞こえるBGMはオーケストラ。
皆が入り口に注目しているとゆっくり扉が開かれた。
そこには真っ白なドレスに身を包んだこももがいた。
入り口のすぐ横に設置されていた小さなステージに上がり、スタンドマイクに手をかけた。
「本日、仁王こももはみなさまに誓います。」
そう言うと仁王が真っ先にヤジを飛ばした。
「こもも、柄にもなく敬語だなんて気持ち悪いぜよ。」
しかし、仁王は“こももらしくしろ”ということが言いたかったのだと知った周りは笑い声が漏れた。
「じゃあ、普段通りってことで。」
こももは苦笑し、一呼吸置いてから口を開いた。
「こももは生涯、人間として跡部景吾の隣で生きていきます!」
そんな決断を下すことは知っていた真田や切原たちはいいとして、なにも知らなかった宍戸とリョウは困惑していた。
景吾はそれに気づき、なにより宍戸を安心させようとこももの言葉を急かした。
「そう誓いを立てた理由はもちろん俺を愛してるからだろ?」
「……愛し…て…「聞こえねえ。」
「愛してます!」
恥ずかしがりながらもこももがそういうと仁王がヒューと口笛を鳴らした。
景吾は彼女の言葉ゆえ、満足そうに笑うと自らもステージにあがった。
「というわけで宍戸、リョウ。今日は俺らの結婚式だ。」
「『け、結婚式!?』」
景吾は公けな結婚式は出来なくても、こももの事情を知る仲間の間で式を催すことが出来るならそれでいいと考えたのだ。
「跡部財閥の息子、跡部景吾と人気モデルの仁王こももの組み合わせなら誰も文句言わんきに。」
「確かにそうかもしれませんが仁王くん。あなたはいいんですか?」
今の問いは芥川に尋ねられた質問とは訳が違う。
なぜなら、それが仁王の心情を一番理解していた柳生からの問いだったからだ。
仁王は内心、ペットがいなくなった孤独感に襲われるがすぐに一枚の紙を取り出して言った。
「幸せにならんかったら承知せん。オイ、跡部。」
仁王は紙をヒラヒラッと頭の上で振りながら景吾の元へと歩み寄った。
手渡された紙に景吾とこももはペンを走らせた。
二人が書き終えるやその紙は仁王の手に渡り、日付を書き足した。
「跡部景吾は仁王こももを妻として一生愛すことを誓います。」
「仁王こももは跡部景吾を夫として命尽きるまで愛します。」
仁王はその二人の誓いを聞き、寂しそうに笑いながらみんなに紙を見せた。
それは――婚姻届けだった。
「この紙は国で受理できん。その代わりに俺が受理しちゃる。」
そう言うと仁王はその紙を綺麗に畳み、ケツポケットに差し込んでいた財布に挟め、大切にしまった。
二人の誓いは彼の手によって成立した。
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