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5 信じたい言葉


今のおまえが嫌いだ。

そう告げると景吾はこももに背を向けて歩きだした。


「わ、けわかんない。何で急に!?」

「俺が心苦しかったのはこももがリョウの身代わりになろうとするからだ。」

「だってそれは……」


言葉を詰まらせたこももを振り返り見ると景吾はふと笑う。


「俺のためとでも言いたそうだな。だが、違うだろ?」

「っ、」

「おまえがガード張ってんだろ?傷つかないように。」


そう景吾が言うとこももは顔を上げて景吾に何か言おうとした。

しかし、タイムリミットだった。


「時間だ、乗り遅れる。」

「……それじゃあ、こももちゃんの時と同じじゃない!またきちんと話もできずにアメリカに行くなんて!」

「……今回はこもも次第だろ?」

「っ!、景ちゃんのバカぁ!」

「バカなのはおまえだろ。」


景吾はこももに歩み寄ると腕を掴み引き寄せた。

彼の眼差しは真剣そのもので目を反らすことがこももには出来なかった。


「俺はいつだってこももに本当のことを話してきた。なのにおまえはいつも大切なこと、黙(だんま)りなんだよ。」

「それが仁王こももなの、」

「……おまえがそう城壁を高く作り上げるから誰も近寄れないんだよ。」


景吾はこももの頬にキス(アメリカ式の挨拶)をするとゲートに向け、歩き始めた。


「景ちゃん!今度はいつ帰ってくるの?」


そうこももが言うと彼は立ち止まり、少し考えて口を開いた。


「おまえが“本当の仁王こもも”と向き合えた時だ。」

「………」

「俺はこももが大事だ。だからすべてを受け止められるようになって欲しい。」

「すべて?」

「そう、すべて。」


そう景吾は言うと振り返ることなくゲートを潜っていってしまった。

残された彼女は一言呟いた。


「すべて、ね……」


その場で屈み込んでいるとしばらくして仁王が駆けつけた。

彼は声をかけようとしたがこももが泣いていたため、言葉を飲み込んだ。


「どうすればいいか…わからない、」









景吾を見送ってから数ヶ月後の話。

こももは二週間に一回、欠かさず宍戸に電話をするように努めていた。

その頃には彼を友達として受け入れ、話が出来るようになっていた。


「もしもし?宍戸くん?」

「お、久しぶりだな!最近、電話来ねえから心配してたんだよ。」

「うん、ごめん。元気してる?」

「おう、リョウも元気。」

「そっか。宍戸くんかなり頑張ってるね?テレビとかたまに取材受けてるしょ?」

「まぁ、有名な建築家が俺の考え認めてくれたのを機会に弟子入りできたし。」


こももは宍戸がフランスで建築に関する知識を増し加え、技術を磨き励んでいる姿を見て感化されていた。


「こももこそテレビ(CM)出まくってんじゃんかよ。」

「かなり忙しいよ?人使い悪いの雅治!」

「ははっ、そうか。」


会話が途切れたとき、こももはほしい言葉を宍戸に求めてみた。


「……ねぇ、宍戸くん?」

「ん?」

「こももは幸せになれると思う?」

「……今は無理じゃねぇ?」


しかし、予想とはかなり違う言葉に目頭が熱くなり、涙が滲んだ。

声を震わせながらも宍戸の考えを知ろうと再度尋ねた。


「なんで?」

「“幸せになれると思う?”って聞いてる時点でアウトだろ。幸せになりたいって言って見ろよ。そしたら世界が変わるかもしんねえじゃん?」


彼は消極的な考えを変えろと言いたかったんだと理解するとこももは涙を拭いながら笑って言った。


「なに格好いいこと言っちゃってバカ。」

「ヘヘッ、まぁ…幸せになりたいって思うことだな。」

「……うん、」


こももが答えを求めたように宍戸にも彼女からほしい答えがあった。


「なぁ、聞いて良いか?」

「ん?」

「相手、跡部?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「いや、跡部とこももは初めから怪しかったからさ。」


やはり答えを得るには早かったか、と反省した宍戸は笑って誤魔化した。


「こももは今まで景ちゃんのために出来ること尽くしてきただけ。」

「それ、なんで?」

「………わかんない。理由があるとすれば大事だから。」


こももの曖昧な答えにも宍戸は背中を押してやることにした。

そうでもなければこももは本当に幸せになれないと思ったのだろう。


「なら幸せになれるだろ。……って俺が言うのもなんだけど。」

「そうだよバカ!こももは宍戸くんにふられてから一人なんだから!」

「本当に?」


そう。

宍戸の“本当に?”と聞いた言葉がこももの気持ちを動かすのだった。


初めはこももが景吾を支えていた。

現にリョウの姿を見たくてフランスまで行くという景吾に付き合った。

自分をリョウに見立て、大人しく抱かれた時もあった。


しかし、その時からよく考えれば景吾が日本にいる間は片時も離れずそばにいた。

いつの間にか景吾がこももを支えていたのだ。


「んじゃ、またな?」

「うん、」


宍戸との電話を終えるとこももはコピー用紙を引っ張り出してきた。

ボールペンを取り出し、机に向かう姿を見て仁王は不思議そうに近寄ってきた。


「こもも?なに書いとう?」

「これ――」


こももは自分の今までの気持ちを素直に綴(つづ)ることにした。

こももが自分からなにかをやり始めたのは初めてで仁王は驚きつつも嬉しそうな笑みを浮かべた。


「それ、サポートしちゃる。そん代わり、誰よりも先に跡部に自分で手渡しに行きんしゃい。」


そう言った仁王と約束を交わし、こももはペンを再び動かし始めた。





景吾から別れを告げられてから約一年が経った頃。

アメリカの跡部邸で一人のメイドが景吾の部屋を訪れた。


「景吾様、先ほど“仁王こもも”お嬢様がいらっしゃいました。」

「こももが?アメリカまでなにしにきた?」

「私も承知いたしておりません。しかし、これを渡してほしいとのことで承(うけたまわ)りました。」

「帰っちまったか?」

「はい。」


メイドが景吾に綺麗に包装された包みを手渡し、部屋を後にした。

景吾は仕事を中断し、丁寧に包みを開けた。

姿を現したものは――





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