act.138『寂しさと涙』
(仁王視点)
宍戸が跡部の背を押したのかねぇ。
こももの背中を押してもあまり効果なかったし、正しい選択じゃ。
「なぁなぁ、せーいちくん?あのひとがおれらのパパになるの?」
「そうだね。」
「愛利、パパはいないってきいてたよー?」
「いろいろ事情があったんだよ。」
こももと跡部が話し合った結果、子供と一緒に跡部の家に世話になると聞いた。
正直言うとちょいと寂しい。
「ママーおれ、まーたちとはなれたくねぇ!」
「……ま、ちょっとさみしいな。」
「かながわととうきょうはとおいのかな?もうあえない?」
「は?あえないとかやだー!」
子供たちが走り回って騒ぎ始めると収拾がつかなくなる。
俺は子供の目線に合わせるために屈んだ。
「そんなに遠くはないんよ?車ならちゃちゃっと行ける。」
「ママ、どようびはまーにあいにいきたい。」
「愛利も…」
なぁ、こもも。
おまえさんがいなくなるってのはまるで別の飼い主に譲る気分で、ハンパなく寂しいもんじゃな。
「……仁王どこへ?」
「帰る。」
「待って雅治!こももたちも帰る。」
「帰る?違うじゃろに。」
「仁王!」
「……今日から跡部んとこ世話になりんしゃい。荷物なんか後から送っちゃる。」
それだけ伝えて俺は振り返らずにその場を後にした。
ブンが俺について来てくれたが途中で帰らさせた。
そんなに心配されるような顔してるんかねえ。
「こもも、今日はうちに来いよ。」
「…うん、ありがとう。」
その日の晩飯は結局、喉を通らずに一口だけ口をつけて片づけてしまった。
死んだわけじゃないのにこんなに落ち込むなんてな。
「こもも、寝れないのか?」
「……うん。」
「仁王が心配か?」
「……」
「利一たちは寝たし、行ってきたらどうだ?」
「電車乗る元気はないの。」
星が数えられるくらいしか見えない空には独り寂しげな三日月が居た。
時刻は12時をゆうに回っていた。
寝付けなくて窓から空を眺めていた。
――ピンポーン
チャイムの音が鳴った。
弟が寝ていることもあり、起こしてはいけないと慌てて玄関に向かった。
どうせ母親。
酔っぱらって帰ってきたはいいが鍵が手元にないだろう、なんて思いながらドアを開けた。
「鍵くらい持ちんしゃ――!」
「……雅治、ただいま。」
「な、こもも!?こんな時間にどうやって来たん!?」
言い終わらないうちにこももは俺に抱きついてきた。
我慢していたものが溢れそうになる。
「飼い主になんの挨拶もなしに違う男の人の家なんかいけないよ。」
「……」
「雅治?」
「こももは最愛のペットじゃ。」
ぎゅっと抱きしめたときには涙が溢れていた。
涙を流したなんて何年ぶりじゃろう。
「こももは雅治のことずっと大好きだよ。ずっと…」
「こもも…こもも!」
子犬だったおまえさんを連れ帰った日から今までの記憶が頭の中でぐるぐる回った。
大切だったペットが幸せになれると喜ぶと同時に自分が孤独になることに気づいた。
こももが俺を忘れるわけないが寂しかった。
「こもも、幸せになりんしゃいよ。」
「うん…!」
親友で大切な家族じゃった。
妹みたいで恋人みたいじゃった。
「永遠の別れじゃないんだから泣かないで…よ…雅治って…ばぁ…」
「こももも泣いとうくせに、」
そんな愛犬であるこももは今夜を最後に飼い主である仁王雅治の元から旅立ちします――。
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