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act.127『足下が崩れる瞬間』
(跡部視点)


病室まであと少し、と言うところで人に声をかけられた。

それは真田、今一番会いたくない奴かもしれない。


「跡部?跡部か?」


聞き違ったりしない。

振り返った俺はわかりやすい表情をしていただろう。


「神奈川に来ているとは。こももの見舞いか?」

「……あぁ、」


俺の視線は真田より、奴が片手に抱いている小さな子供に釘付けだった。

俺に背中を向けているが服装からして女の子のようだ。


「てめぇが子連れなんざ、相手の女は相当物好きだな。」

「はやくママのとこいきたいー」

「っ!!」


振り向いて真田にだだをこねる子供を見て俺は言葉を詰まらせた。

その子供の顔がこももの子だと物語っていたからだ。

髪や瞳の色、顔立ちからしてそれ以外に考えられなかった。


「(そういや…)」


2年前にこももに会ったとき、ホテルに連れ込んだ。

胸が張っていて母乳が滴っていたり、痩せていたり、下っ腹が膨らんでいたりした。

それは出産後、間もないことを暗示している。


「どうかしたか?」


蒼白になる俺を平然とした顔で見ている真田を自然と憎んでしまった。

そういえば、こももは真田と一晩過ごしたと以前に仁王から聞いた。

まさか、こももが俺にもう会わないと言ったのは真田とデキてたからだったのか。


「真田、てめぇ…!」


例え、こももが真田を選んだとしても真田が全て悪いとは言い切れない。

だが、真田は俺がこももを愛していることを知っているはずだ。

ドロドロした感情が煮えたぎり、俺の拳はふるふると力のあまり震えていた。


「…おにいさん、…てる。」


そのとき、子供が俺の怒りを遮った。

なにを言いたいかはわからなかったが俺に手を伸ばしていた。

真田はすぐに子供を抱き抱え直し、俺に言った。


「跡部、なにを勘違いしているか知らんがこももが出した結論だということを忘れるな。」


真田は残酷にもそう言うと崖っぷちに立っていた俺をつき落として去っていった。

奴の言うことは一理あるが受け止めたくないのが本心だ。


「う、そだ…嘘に決まって――」


俺は現実から逃げるように走った。

脚を止めてはいけないと思った。

病院を抜け出し、宛もなく走っていた俺は脚が動かなくなっていき、ゆっくり止まる。

すると脚が震え始め、立っていられなくなり、その場に屈みこんだ。

すると急に視界が滲んでいく。

涙が頬を伝い、アスファルトにシミを作った。

こももに裏切られたわけでもなく、こもも自身の選択に口出しする権利もない。

でも、証拠である子供まで見たのに信じたくなかった。


「こもも…本当のこと言えよ…!俺に真実を…本心を語りやがれ…!こももー!!」


頭ではわかっていたが気持ちがついてこない。

しかし、これだけは感じ取った。

積み重ねてきたこももへの気持ちが一瞬で崩された気がしたことだけは。





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