act.126『失恋して2年後』
(跡部視点)
ふと、アメリカに戻ったある日のことを思い出していた。
住所が書かれていない日本から一通の手紙が届いたあの日のことを。
「差出人の字、ひどく汚い字だな。」
差出人の名前はぐじゃぐじゃで恐らく書いた本人にも読めないほどの字だろう。
封を開けて目を見開いた。
封筒を逆さにするとシルバーのネックレスが床に落ちた。
紛れもなく俺が落としたもの。
それでその手紙がこももからだとすぐにわかった。
「完全拒絶かよ。」
しかし、入っていたのは冷たい金属、それだけだった。
彼女なら挨拶の一言ぐらい添えるはずだからその手紙を受け取り、拒絶されていると理解した。
その手紙は“自分は役目を果たした”と語っていた。
そのことを思い出してもこももに会いたいと思う気持ちは静まらなかった。
仁王に追い返されることなんて目に見えていたがこももに会いに行こうと足が動いた。
「あれ?もしかして跡部?」
神奈川を歩いている途中、声をかけてきたのは幸村精市だった。
「久しぶりだな。」
「幸村とまさかこんなところで会うとはな。」
「神奈川に来たってことは仕事か?」
「いや…こももに会いに来た。」
素直にそう言えば、幸村は少し驚いたような表情を見せたがどことなく沈んでいた。
「聞いてないのか?」
幸村の言葉の意味を理解できないでいた俺に奴は淡々と述べた。
こももが事故に遭った、と。
「大したことじゃなさそうだが…」
「事故って入院してるのに大したことがないなんて言えるか!?」
「ふふ。跡部ならそう言うと思ったよ。」
笑いながら言う幸村に苛立つがどうやら入院先を教えてくれそうな雰囲気だったから気持ちを抑えた。
「地図でも書こうか?」
「いや、タクシーを拾う。」
「そうか。こももによろしく伝えてくれ。今日は行けそうにない。」
幸村から病院名と病室を聞き、すぐにそこへ向かった。
幸村はこももと俺の拗れを知らなかったらしいから、すんなりこももの容態を教えたことは不思議ではない。
「こももが事故なんてな…」
なにがどうなって事故になったか。
幸村に聞けば、自転車とぶつかって土手の階段から落ちたとか。
俊敏な動きをするだろう元犬のこももが事故なんて考えにくいものだった。
「着きましたよ?」
タクシーの運転手の一言でハッと気づき、代金を支払って車を後にした。
去っていったタクシーを見て、見舞いにきたのに途中どこにも寄らなかったことを思いだし、後悔した。
しかし最近、病院側は見舞いに花の持ち込みを喜ばないし、かえって入院者や親族に気を使わせかねない。
「まぁ、いいか。」
日本とは本当に堅苦しい風習のある国だと思う。
特にこももは犬だから見舞いになにか持っていく理由を理解しないだろう。
それよりも、俺が見舞いに来たことに関して怒りやしないか心配だ。
「(なにか言いやがったら友達として心配するのは当たり前だろう、とでも言うか。)」
適当に言い訳を考え、病室へと向かった。
このとき、こももに会えるのではないかと期待していた自分がバカらしく思えた。
どんな形でもこももに会えるならそれでよかったんだ。
「あれから約2年か…」
こももに拒絶されてから2年も懲りずに思い続けていたんだな?
ほかの女なんか見向きもせずにいたんだな?
「よく一人の女を思い続けたもんだぜ。」
大失恋して2年が経った俺はこのとき、23歳だった。
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