act.125『空白の痛み』
(跡部視点)
こもものあの笑顔、あの明るい声さえこの手の中にない。
今、彼女は笑っているのか?
俺は今もこももが辛い表情を浮かべているんじゃないか、って思う。
最後に聞いた言葉があまりにも残酷すぎて、時を経た今も耳に残るからだ。
“人間が嫌い”
それを聞いた俺は絶望の淵に立っている気持ちだった。
もしかすると俺を突き放すためだけの演技だったのかもしれない、そう思った。
しかし、電話をかけても出やしない。
「本心だったのか?」
信じたくなくて何度も仁王の家に電話をかけたが取り次いでもらえなかった。
電話番(仁王)がもうこももに電話をかけてくるな、と言うくらいだ。
完全に拒絶されたんだ、と理解した。
「こもも…!」
彼女はずっと俺の隣にいてくれると思っていた。
こもも自身、約束してくれていた。
知ってるつもりでも本当は知らなかったから…傷つけて、辛い思いをさせたなんて最悪だよな。
こももがいなくなって、さらに存在の大きさに気づいた。
「俺はこももが好きなんだ…!」
そう呟いた、伝えられなかったこの思いの言葉は虚しく、空気に溶けていった。
それから時は過ぎ行き、どれだけこももを思い、なにもしない日があったのかわからない。
こももと拗(こじ)れてから渡米し、留学した先の大学は卒業した。
そのため、父親から日本で事業を進めることを許されたが日本に帰るのはとてつもなく怖かった。
“景ちゃん?”
俺の隣にはもうこももはいないのに拒絶される前に彼女への気持ちをきちんと伝えていればこんなことにはならなかった、と後悔ばかりしている。
だから、日本に帰国して雑誌やテレビのCMでこももの姿を見るのは酷すぎる。
「(……会いてぇ、)」
それでも彼女の姿を一目見たくて、何度も会いに行った。
その度に仁王に会わない方がいいと言われ、追い返された。
それを常々哀れむのは宍戸だった。
「仁王、なんで跡部に本当のこと言わねぇんだよ?」
「こももがどんな思いしとうと思っちょるん?それを考えたらこんなことしか跡部に言えんよ、」
仁王の辛苦もわからず、ただこもものこてに関して恨んだ。
すべての心情を知る仁王が誰よりも辛いのにな。
「あの時間はなんだったんだ?幻想か、空想か…」
今、振り返ればこももと過ごした時間が嘘みたいで涙が溢れた。
「空白だ。」
今もこももといるはずだったなのに独りで時を過ごしていたことを信じたくはない。
自分の開いた両手を俯き見た。
すると涙がその手に滴った。
心が冷たく、空になった気分。
「くそっ…くっそぉお!!」
悔しくてグッと目の前で手を握りしめた今、俺の手のひらは少し延びた自分の爪が刺さるだけだった。
痛みを味わうだけだった。
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