act.92『思い出は美しく』 (跡部視点) 「亮のキュー使うだろ?」 「はい。」 「こいつぁ、使い込んであるからな。」 満足げに宍戸専用のキューをこももに渡す。 彼女はそれを大事そうに受け取っていた。 「いつもの6番テーブル、空いてるからな。」 「ありがとうございます!」 こももはトレイを持つと指定されたテーブルに向かった。 「ここね?知る人ぞ知る穴場なんだって?宍戸くんはここによく来てたらしいよ?」 「………」 「ナインボールでいい?」 「あぁ、」 こももは真剣な面もちでボールを並べていた。 その表情がなぜか宍戸を思い出させた。 「景ちゃん、ブレイクする?」 「こもも、先にやれよ。」 「ありがとう。」 こももはキューを構えると勢いよく白玉(手玉)をついた。 綺麗に周りへ散らばったボールを見て満足そうに笑った。 「やるじゃねーの。」 「どうも?」 俺がキューを構えるとこももは俺の正面に回り込んでジッと見つめてきた。 「んだよ?」 「宍戸くんはこうするとヘマするから。」 「俺は宍戸じゃねぇよ、」 こももに悪態をつき、ボールを突いた。 「……ねぇ、景ちゃん?」 「あ?」 「こもも、間違ってたかな?」 今更なにを言い出すのかと思えば、そんなことかと思った。 なにを考えているのか、構えたまま動かないで俺に尋ねてきた。 「後悔してるのか?らしくねぇな、」 「だって…」 「急に宍戸が恋しくなったか?」 「違…!」 「こもも、言ってたじゃねぇか。宍戸の幸せは自分の幸せだって。」 ぴくりとも動かなかったこももは手からキューを滑り落とした。 「こもも、」 「景ちゃんは…幸せ?」 「………」 「みんなが幸せじゃないと、こももは…」 「幸せだ、」 「嘘!」 こももがようやく顔をあげた。 抱き寄せて、ただ慰めた。 「俺は今、こももといれる。だから幸せだ。」 「ッ、……ちゃ……景ちゃ…」 なにを思って泣いているかわからない。 ただ、こももが泣き止むまでビリヤード場のおやじが気を遣って店を閉めてくれたことには感謝する。 → |