act.87『個々の女』
(跡部視点)
“景ちゃんが元気になればこももはそれでいいの”
いつもそう言ってそばにいてくれた。
仁王のところへ帰れ、と言っても俺のそばを離れなかった。
ある日、そんなこももに呆れながら仁王は渋々自ら足を運んで俺の家を訪ねてきた。
「あら、雅治。」
「たく、さすがに母さんに文句言われたん。」
「だって、」
俺をチラッと見たこもも。
仁王からも見られ、俺は答えに悩んだ。
「こもも、仁王の親御さんが心配してんなら帰った方がいい。」
「………」
「いや、心配してたわけじゃなくて仕事がな?」
「仕事?」
「CMを撮るのにこももが必要なんよ。」
「別にこももじゃなくても…」
二人の会話を聞いていても一向に話は見えやしなかった。
「CMってなんのだ?」
「うちの母親の経営しとう化粧品会社知っちょる?」
「あぁ、」
確か名前はgin-N(ジン・エヌ)って名前かなんか。
こももが使う化粧品は全部そこのやつだったから覚えていた。
「その“gin-N”で新商品のCMするんじゃけど、なかなかこももがスタジオへ来てくれんくてな?」
「こないだ電話でもめてたのはそれだったのか、こもも。」
「…………」
こももがなにを考えているかわからないが周りを困らせる原因が俺にあるならなんとかしなくてはいけないと思った。
「こもも、俺はどこにも行かねぇよ。だから行ってこい。」
「……雅治。」
「やっと来る気になったん?」
「景ちゃん、連れて行っちゃダメ?」
「なに言ってやがる。」
「……ま、ダメと言えばまた拒否られるんじゃろうしな。」
仁王がやれやれ、と言いながらため息を吐くとこももは俺の腕を引っ張りだした。
「ちょ!俺様の意志は…!」
「無視〜」
「仁王!コイツなんとかしろ!」
「こももは言い出したら聞かんよ。ワガママやもん。」
「はぁ…飼い主に似るって言うもんな。」
「なんか言うた?」
わがままというより、頑固に近いと思うが。
こももは間違いなく仁王に似てると思う。
こももがスタジオにいる間、俺は仁王にCMがテレビで放送されるのを待て、と勧められて控え室で二人で待っていた。
「出来上がりを楽しみにしときんしゃい。見て損はせんよ、」
自慢げに言う仁王を横目に俺は暇つぶしに雑誌を手にした。
「一応、こももは“gin-N”で雇われることになるんよ。」
「なんでだ?」
「綺麗だからじゃろ?」
「………」
「体のバランス良いし、顔は整ってるし、肌質は良いし?」
リョウとどこか重ねてみている俺はこもも自体の良さがよくわからなかった。
虚しいよな。
「胸はデカいし、いい声出すしな。」
「なんの話だ。」
「あぁ、跡部はこももを抱いたことはなかったん?」
「……なかったらなんだ。」
「いいや?お勧めするだけじゃ。」
「テメェそれでも飼い主か?」
「アイツ、気持ちいいんよ?」
確かにリョウを忘れ、こももとは別個の存在と考えるように少しずつなれれば良いと思った。
そう、俺の気持ちの変化は仁王との会話から始まった。
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