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act.63…心に触れた


蓬莱と話すため適当に歩き、近くにあった公園に来てベンチに腰掛けた。

こうして二人、空を見上げて話をするなんて何年ぶりだろうか。


『アメリカでテニスがしたかったの?』

「蓬莱と同じところに立ってみたいって言ってたの忘れたのか?」

『忘れてないよ。ただ、今も変わらず同じなのかなって思っただけ。』

「蓬莱を追うって決めてた。だから、自分との約束を果たしに来た。」

『だけどテニスではまだ負けないよ?』

「“テニスでは”な。」


そう言うと蓬莱は言葉の意味を悟ってか、俺を見てすぐに俯いた。少しの間の後、か細い声で呟いた。


『でも、景吾は婚約者がいるでしょ?』


そう俯いて言った蓬莱の顎をすくい上げ、目を見た。すると瞳が不安げに揺れていた。

彼女はすぐに俺の手を振り払い、また俯いた。


「いねぇよ。」


そうひとことだけ言えば彼女はすぐに顔を上げて俺を見た。

俺の言葉が真実だとしたら蓬莱は意味もなく傷ついたことになったからだ。


「蓬莱が突然出ていった理由は中村から聞いた。全部、親父の差し金だったんだってな。婚約者なんかいない。」

『だったらなんで…』

「傷つけて悪かったな。」


言葉だけの謝罪で許されるならなん度でも父親の代わりに謝る。それで蓬莱が癒され、忘れてくれるなら。


「俺も未だに親父があんなことを言った理由がわからない。」

『あーあ、私バカみたい。』


力なく笑うと立ち上がり、蓬莱は数歩歩いて立ち止まった。

それからなにも言わないが彼女の小さな背中が月明かりに照らされて震えているのが見えた。


「…蓬莱、」

『婚約者が、いるって聞いた…のに…また、景吾に…会えて嬉かったの…』


泣いていたようだ。

言葉だけで癒せないと感じた俺は立ち上がり、その肩を優しく抱いてやる。すると俺の腕に蓬莱は手を置いてきた。


「高校出るまでは我慢したんだよ。蓬莱に会いに来るのは学生の務めを全うしてからでも遅くはないって思ったんだ。」

『来るの…遅、いよ…』

「悪い、」


それだけ蓬莱は俺を思ってくれていた。そうわかって嬉しかった。

しかし、それだけで終わらせるわけにはいかない。


「こんなことになったのはちゃんと気持ちを伝えなかった俺のせいだ。今からでも遅くないなら気持ちを聞いてほしい。」


蓬莱を向き直らせ、向き合う形になる。

深呼吸をして蓬莱に伝えた。

あのとき言えなかった言葉、約2年半に渡り暖め続けた気持ちを。


「俺は蓬莱が好きだ。あれからずっと、蓬莱だけを見てた。」

『…うん、』

「付き合ってほしい。」


蓬莱は自分で涙を拭って照れくさそうに笑いながら手を差し出して言った。


『よろしくお願いします。』


彼女の手を握った俺は蓬莱を引き寄せ、高く掲げた。

届かない星のように見えなかった彼女が今、自分の手中にいる幸せをかみしめた。


「もちろん、結婚を前提にな?」

『け、結婚!?』

「嫌とは言わせないぜ?真面目だからな。」


蓬莱を下ろして真剣な眼差しで訴えかけると顔を赤くしやがった。

恥ずかしさを隠して言ったのにこっちまで恥ずかしくなるだろうが。


『本気?』

「信用できねぇなら約束してやる。」

『え?』

「結婚するまで蓬莱に手を出さないってよ。」


真剣なのが伝わったのか、蓬莱はさらに顔を赤くして子供のようにあどけなく笑った。


『どうしよう、心臓バクバクしてる。』

「それは俺も同じだ。」


蓬莱の手を自分の左胸まで誘導してその鼓動を感じてもらった。

これが俺の気持ちだと、彼女は理解してくれただろう。


『夢みたい。』


そう蓬莱が呟いたのを聞いて共感した。長い道のりを経て、たどり着いた恋人という関係だから。


『景吾に会ったときから運命を感じていたら、こんなに長い道のりにはならなかったのかもしれないね。』

「俺の告白が遅かったからだろ。」

『…そうかもしれない。』


苦笑していた蓬莱を見ていてちょうど佳梨の事を思い出し、俺は言った。


「佳梨に連絡してやらねぇと。」

『え?佳梨知ってるの?なんで?』

「アメリカに来てから世話してもらってたからな。」


アイツはライバルでも、後輩の面倒見は良いみたいだな。
自分の幸せより他人の幸せを選んだ奴なんて初めて見た。

本当にどこまでも良い奴なんだから、と呆れてしまう。


「佳梨は自分じゃなくて、蓬莱の幸せを願うんだとよ。」

『え…?』

「プロでも恋に落ちるとボロが出る。自分のせいで蓬莱に迷惑をかけたくないし、テニスの調子を狂わせたくないらしい。」

『…佳梨、』


蓬莱の気持ちを知って、身を引こうと考えた――とも言っていたがあまり話過ぎて佳梨を哀れむようじゃいけないと思い、それ以上は言わなかった。


その日、蓬莱を自宅近くまで送り届けて帰宅した俺は仁王に連絡を入れようと電話を手にした。

しばらくコール音が鳴り、電話が繋がった。


「はいはーい?もしもしー?どちら様ー?跡部様ですかー?」


仁王の声を久しぶりに聞くであろうと期待していた手前、実際の声を聞いて肩が下がった。

もちろん、その声も聞きたかったから別にいいんだけどな。


「仁王にかけたはずなのになんで岳人の声が聞こえるんだ?」

「仁王は忙しそうだったから俺が代わりに出た!」

「まさか一緒にいるのか?」


高校を卒業しても仁王と一緒にいるなんてかなり仲が良いと思った。

ふと頭の隅でアメリカに来なければその場に自分がいたことを思うと少し寂しく思えた。


「すいませんねー。つか、どーしたよ?仁王に用事?」

「用事があるから電話したんだ。」

「だよなー。したら今変わる!」

「あ、岳人!」

「なに?」


まず仁王に、と思っていたが岳人にも報告をしたいと思っていた俺は岳人を引き留めた。

それなのに報告をすることがなんとなく恥ずかしくなり、口を閉ざしてしまった。

しかし、岳人はいつまでも俺を待っていた。


「悪いことでもあった?」


躊躇っていた俺は電話の向こう側で心配そうな声を出した岳人に気がついた。

それですぐに否定して話し始めることが出来た。


「それってすんげぇ良いことだよな?」

「ま、あな。」

「やったじゃん跡部!仁王ー!跡部がなー?」


自分のことのように喜ぶ岳人は仁王に報告していた。

おかげで仁王に報告する手間は省けた。


「もしもし、跡部か?」

「あぁ、仁王。久しぶりだな。」

「久しぶりじゃ。テンション高い向日から話は聞いたがなんて言うんかのう…」


仁王は少しの間の後、口を開いた。

その沈黙の間も仁王の後ろではしゃいでいる岳人の声が聞こえた。


「よかったのう。応援したかいがあったってもんじゃな。」


そうだ。

仁王は岳人と同様、応援してくれていたのだ。恋愛の終点はなにか、俺にはわからないが恋人同士になることが一つのステップだとしたら、こんなことで満足してはいけない。


「仁王たちのおかげだ。」

「なにもしとらんけどな。」

「背中を押してくれただろ?」


だが、今は少し満足して良いか?

満足させてやって良いだろうか?


「ありがとな。」

「やめんしゃい、恥ずかしくなる。」

「…岳人に代われるか?あいつにも礼を言いたい。」

「はいはい、」


今まで支えてきてくれた親しい友人二人に感謝の気持ちを最大に表してな。





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