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act.62…実感


この時は蓬莱とテニスが出来て楽しかった。それだけだ。

今日、この場でテニスをするまで勝敗に拘(こだわ)っていて楽しむことを忘れていたかもしれない。


『惜しかったね…!』

「次のポイント粘るぞ。」

『ラジャー!』


相手は負けるわけにはいかない、と思っているはず。

しかし、俺らは楽しいからこそ、もっと試合をしていたい思いからポイントの差を開かせることはなかった。

1ポイントで勝敗が決まるというとき、会場は盛り上がる。

その応援や歓声が気持ちよかった。


「蓬莱、任せろ!」

「させるかぁ!」

「次、来るぞ!絶対、止めろ丸井!!」


冷静に丸井の弱点を突き、足下に打ち込むと奴はなんとか繋ぎとめた。

しかし、集中力も体力も底を尽きるぎりぎりだ。

繋ぎとめることが限界だった丸井はロブを上げてしまった。


「しまった…!」

「(スマッシュ。いや、ドロップか。)」


スマッシュを打つ姿勢で球を捕えている俺を見て、少し後ろに下がって構える相手の意表を突いてドロップをかますことも可能だった。

決定打になるかもしれない球だから確実な方がよかった。


『行け景吾ー!!』


しかし、賭けた。

蓬莱なら、自分が続けたい試合でこんな時どうしたかを考えるとスマッシュしかなかった。

最後の力を振り絞って打ち込んだスマッシュは見事、丸井のラケットを弾いた。


「ウォンバイ、跡部景吾・米倉蓬莱ペア。7―6!」


勝った。

達成感に満ちた。

蓬莱のプレイを見に来ていた観客は大いに喜んでいたが一緒に喜べなかった。

なぜか寂しいと思った。


「まだ蓬莱にかなわなかったか〜」

「悔しいが負けは負けだ。」


今まで勝敗にこだわっていたあの真田と丸井が爽やかに笑いながら握手を求めてきた。

それに嬉しさを感じながら応じて手を差し出し、手を取り合った。


『もっとやりたかった〜』


あぁ、そうか。

きっと、楽しかったからこの試合が終わることが寂しく思えたんだろうな。


「またやろうぜぃ?」

「お手会わせ願う。」

『次だって負けない!』


でも、またやろうと約束したことで嬉しくなった。

こんな単純な気持ちを俺は忘れていたらしい。


「よっし!今日はみんなで晩飯行こうぜ〜い?跡部のおごりで、」

「俺なのか。まぁ、いいが。」

「いいのか跡部。」

「ま、たまには良いんじゃねぇ?」

「よっし!蓬莱も来るだろ?」


丸井がそういえば蓬莱は俺の表情をうかがっていた。

両親とのこともあり、少し距離を置いているようにも思えた。


「来いよ、蓬莱。」


躊躇していたらしく、俺の一言で蓬莱は安心したように笑った。



さて、一行は会場を後にして食事に向かった。

丸井がいろんなものを食べたいと行ったのを機に知っている店を蓬莱に案内してもらった。


「なににしようかな〜」

「食べれる分だけ注文しろよ?」

「わかってるってば!」


丸井も注文内容が決まり、みなが注文をし終えると蓬莱は俺に疑問を投げかけた。


『景吾いつの間にアメリカに来てたの?』

「高校出てからだ。…あれから2ヶ月経つのか。時の経過は早いな。」


蓬莱は俺をじっと見つめ再び尋ねてきた。

余程、俺の渡米の理由がわからないらしいな。

アメリカに来れば蓬莱と同じ目線から物事を見れると思ったのは確かだ。技術を磨くために渡米したのも確か。

でも、一番の理由は蓬莱にある。


『プロにでもなるの?』

「それも悪くはねぇ。」

『…別に目的があるの?』


あれからかなり時間が経過している。

だから、俺が蓬莱を好きだ、ということを彼女が忘れているかもしれない。

それこそ、蓬莱に好きな人が出来ているかもしれない。でも、伝えたかった。

ずっと会いたかった――という気持ち。


「蓬莱。親父らになに言われたか細かいところまで知らないが…あのころから俺の気持ちはなに一つ変わらない。」


蓬莱が俯くと長い髪が垂れて顔が隠れていた。

その会話を正面で見聞きしていた丸井が笑いながら口を開いた。


「俺らお邪魔?」

「いいや?四人で飯食いに来たのに悪いな。」

「……成長したな跡部。」

「あぁ?」


真田が俺を見て笑うもんだからムスッとした。たぶん、今までの俺を見ていたからこそ言うのだろう。

確かにやりたい放題、わがまま、なんて言葉が似合う男だったわけだしな。

社会に出たらそうは言ってられないだけだろうが。


「それならば、いただくとしよう。」


丁度よく注文した品が来て、いただきますと声を揃えてフォークを手にし、食事を始めた。


「しかし、なんで丸井と真田だったんだ?」

「うちの親父がスポーツメーカーに勤めてて今回の話が回ってきたってわけ。中学時代から名を馳せていた神奈川立海大元生徒にな。」

「越前はアメリカに来てるんだもんな。越前に話が回らなくて当たり前か。」


かつてテニスの技術に長けており、尚且つ現在もテニスの技術を衰えさせていない日本のテニスプレーヤーを選抜したと聞く。

手塚はプロになるため日本を出ているし、幸村は体のためにテニスは嗜(たしな)む程度にしていると聞く。

今回、真田を引っ張ってきたのは妥当だったろう。


「そうだよなー。真田も跡部も越前に負けてるから越前がいたら勝ちはなかったよなー…」

「嫌なこと思い出させるな丸井。」

「だが、今やれば結果は俺の勝ちだ。」

「マジで勝てるのか?」

「「勝つ!」」


会話を聞いていた蓬莱はふと笑いながら聞いていた。

微笑ましいといった表情でいた。


『リョーマと知り合いなんだもんね?』

「知り合いっつうか…」

『なんかそんなライバルがいるっていいね。』


そう言って俺を見やって笑う蓬莱にドキッとした。

なにを言わんとしていたのかはわからないのが残念だった。



みんなが食事を終えた頃、俺が伝票を手にとると真田が立ち上がった。


「座ってろよ。」


今日は奢られとけ、と付け加え、右手を挙げて俺は会計に向かった。

それを見た三人は先に店を出て待っていた。

日本人らしいマナーだ。


『真田くんたちは帰国予定はいつ?』

「実はそう長くもいられないのだ。」

「明後日帰る。適当に観光して帰るから気にすんな。蓬莱だってトレーニングあんだろ?」

『う、うん…』

「なんの話だ?」


会計を済ませて三人の元へ来ると口をそろえ、ごちそうさまと言った。

これまたご丁寧なこと。

三人は今後の予定について話をしていたらしく、俺を交えて話すと適当なところで話を切り上げ、真田と丸井はホテルに帰ると言った。

俺らはそこで別れを告げた。

蓬莱と二人きりになると彼女が控えめに口を開いた。


『…アメリカに来てたこと知らなかったよ景吾。本当に驚いた。まだ信じられない。』


そう苦笑する蓬莱を横目に俺は空を見上げた。

蓬莱はあの星のように届かない存在なんかじゃない。

今はこんなにも近くにいる。

日本にいた間、空を見上げる度に蓬莱を思い出していた俺の方が信じられない。

アメリカに来て、蓬莱に会えて誰より、そしてなにより俺は嬉しい。

蓬莱も同じだったらいいのにと思う。





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