act.61…病の兆候
真田は恐らく丸井と練習してきているから呼吸が合うだろう。
だから、俺らのペアの方が勝率は低いが負けるわけにはいかない。
「蓬莱と試合したことなかったからな。俺にしたらうまい話だったぜぃ。」
『まさか日本からの選手がブン太とは思いもしなかった…』
「俺はアメリカに来たのに試合メンバーがみんな日本人だってのにびっくりした。」
蓬莱は少し会話を交わしてから俺を一瞬見て気まずそうに俯いてポジションについた。
こっちからのサービス。
俺はトスを上げて軽くラケットを振った。
『いたっ!』
「はっ、悪い。」
蓬莱の腰めがけて一球軽く打ち放った。
もちろん命中した。
「だが、湿気た面してちゃあ勝機を逃す羽目になるぜ?テニスは楽しくがモットーじゃなかったのかよ、蓬莱。」
『…うん!』
俺の言葉でようやく本気になったらしく、蓬莱はラケットを構え、姿勢を低くした。
俺は高くトスを上げ、サービスゾーンに打ち込んだが真田は難なくそれを打ち返す。
それを蓬莱がドロップしようと構えたが丸井が挑発するように立ちはだかる。
「ボレーは負けないぜぃ?」
『鉄柱当ても綱渡りもさせない。』
蓬莱は柔らかくラケットを振るうとそれは蝶と化して人々を魅了する。
言うまでもなく前衛の丸井はその虜になっている。
「(う、動けねぇ…)」
「丸井ー!!」
真田の叫び声(喝?)が丸井を動かした。
丸井は蓬莱の“華蝶風月”を何とか打ち返す。
頼りない球筋ではあったが返したことには変わりない。
『真田くん、なかなかね。』
蓬莱は笑いながらバックハンドで丸井の後方にボールを落とした。
相手に構えさせる余裕を与えず、蓬莱はすぐに的確なスポットに打ち込む。
攻めて攻めて攻めまくる俺らペアに焦り始める丸井。
カバーする側の真田にも余裕の色は見られない。
「くっそお。蓬莱相手に勝ち目ないじゃんよ!」
『負けるわけにいかないよ。』
蓬莱はそう言っていたが彼女の手は震えていた。
日本にいたときも右手が震えていた。
これはその時にも言っていた通り、武者震いなのだろうか?
「(蓬莱先輩…?)」
その震えがなにを意味するかを本人さえ気づいていないのだが、観客席(関係者席)から見ていた佳梨は違和感を感じたという。
つか、視力良すぎだろ。
「ぬるい!」
『っ!』
真田の打ちはなった球を打ち返そうとボレーに出た蓬莱はラケットを弾かれてしまった。
それはかなり威力があったせいだ、と普通に思っていた。
とにかく、気にしなかった。
蓬莱は“テニスは楽しく”をモットーにしていたし、それを邪魔するつもりはなかった。
「平気か?」
『…すごい悔しい。』
ゲームを取られてしまい、蓬莱は覆す気満々だった。
次のサービスゲーム――蓬莱のサーブだ。
彼女は身構えると高くトスを上げ、打ち込んだ。
大して力強くもない球に真田は少し安心していただろう。
楽々とリターンに来たがその球はまるでラケットを避けるように、ラケットの寸前で曲がった。
『エスケープ。』
逃げるを意味する技のおかげでポイントを稼げた。
自由自在に逃げるの角度を変えれるその技をすぐに攻略することが出来ず、真田たちはゲームを落とした。
ともに6ゲームを取っており、タイブレークへ持ち越した。
どんぐりの背比べのようにポイントを取り合うため、なかなか勝敗が決まらなかった。
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