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act.59…兄慕う


渡米するのは早朝の飛行機だった。

だからみんなには見送りはいらないと言っておいた。


「はよ!」

「おはようさん、」


なのに岳人と仁王だけは出発前に家に来てくれた。

仁王は朝、弱いのにな。


「わざわざ来てくれたのか?」

「親友の旅立ちを見ないわけにはいかないじゃん?」

「朝いつもどおりに起きて、跡部は今ごろ飛行機ん中か〜って思うんもつまらんしな。」


理由はなんであれ、俺を慕って旅立ちを喜ぶ二人の気持ちが嬉しかった。

良い仲間に恵まれたものだ。


「あ、跡部…親父さんたちが来た。」


岳人が遠くから歩いてくる両親二人を見つけ、俺は振り向いた。

なにを言われるかわからないし、ある程度は心構えが必要かと思った。


「昔から決めたことを妥協せずに最後まで貫くのがおまえだったな、景吾。」


そう親父に言われた。

子供の幸せを応援するのが親の務めだ、と言い、俺を送り出してくれた。

母さんも同じように。

若干、拍子抜けした。


「私たちも覚悟の上よ。」

「まぁ、必ずそうなるとはわからんからな。」

「よかったな、跡部!」


アメリカ行きの飛行機の中、両親の言葉を咀嚼(そしゃく)し続けた。

二人の言葉の意味を理解できないまま、アメリカに旅立つことになったからだ。



*



数十時間後。

なにも知らぬまま、俺はアメリカの地に立っていた。


「なめんなよ。」


愛用のテニスラケットとバッグを肩に担ぎ、空港を出てタクシーに乗り込んだ。

すぐに蓬莱に会いたい気持ちを抑え、向かうのは一番近いテニスコート。

設備がいいとか注文はつけられない。

大切なのはテニスが出来ることだから。


「誰かが言ってたな、下克上って…はぁ!」


壁に当たり、跳ね返ってきたボールを何度も打ち返した。

一球では物足りず、もう一つ追加して壁打ちをした。

さすがに2つは難しいらしい。


「激ダサだよな…たるんでるよな…」


諦めずただ、ただ、毎日テニスに時間を費やした。

それは蓬莱に並ぶためだった。



数日後、いつものテニスコートで聞こえた声。英語ばかりの中で聞き慣れた日本語と聞き覚えのある声だった。

広いアメリカでこう簡単に日本人に出会うとは運が良いのか悪いのか。

それが知り合いなら尚更。


「あ、跡部くん!?」

「あ?」

「やっぱり…アメリカ来ると思ってたんだ。蓬莱先輩を追いかけてきたの?」


渡米早々、鳳佳梨に見つかり不愉快だったがなんら引け目を感じずに奴は近づいてきた。

そのときに佳梨と蓬莱の渡米したときの話を聞いた。

佳梨もアメリカにずっといたわけではなく、日本とアメリカ間を行ったり来たりしていたらしい。


「跡部くん。俺、初めはなんで蓬莱先輩は君を選んだか理解できなかったよ。けど、今はわかる。でも、俺が跡部くんを最高の勝者だったと言えるようにこれからも頑張ってよ。」

「じゃあ…蓬莱はもう諦めたんだな?」

「今更。彼女にいくら迫っても無駄だってわかったし。俺だってしつこい男としてインプットされたくはないし。」


毎日のようにテニスの相手をしてもらい、俺は佳梨と仲良くなれた気がした。

恋愛のライバルとなる前、テニス部のよき先輩後輩としての関係に戻ったみたいだった。


「これからどうするの?」

「下克上でもしてやろうかと、」

「君らしい。」

「小さな大会からまず出ようかと思う。蓬莱を驚かせてぇんだ。」

「なにか出来ることがあれば言ってね?」


兄貴的存在というのか、ただの世話好きというのか。

奴の物腰の柔らかさを見ていると氷帝の鳳長太郎と従兄弟というのも納得がいく。


「お人好し、」


ポツリと呟いた言葉に気づかない大きな背中をラケットでつついた。


「晩飯、ご馳走してやるよ。」

「ホント?ありがとう!」


佳梨が精神的に大人だから、こいつが俺の兄貴分だ、と言っても過言ではなかっただろう。

そう言えるほどまで俺は佳梨を慕っていたんだな。





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