act.56…誓い
「景吾、米倉蓬莱はやめておきなさい。」
親父は蓬莱の部屋の中でたたずむ俺にそう言った。
続いて母も言う。
「みんな辛い思いをしかねないわ、」
なにを根拠にそういうのだろうか?
両親は蓬莱を嫌って追い出したわけではないということはわかる。
しかし、辛い思いをしかねないという理由がわからない。
「母さん、蓬莱になにか問題でもあんのか?」
「………」
母さんが若き頃、テニスをする者なら誰もが憧れたテニスプレーヤーがいたらしい。
その人の配偶者はとても辛い思いをしたという。
「あなたもその配偶者のようにはなりたくないでしょう?」
何を言わんとしていたのかわからず、俺は悩みの種となった。
俺の気持ちをこれ以上育たないように釘を差したのだろうが、残念なことに両親の言葉一つで蓬莱への気持ちが冷めることはなかった。
「景吾、雅治から電話で…蓬莱さんはアメリカに帰られたようです。ご友人と一緒だとか。」
「友人?」
ユエから聞いたことでモヤがかかった。
友人とは誰なのか。
疑問のはっきりした答えがなくて悶々と考えて数時間後、俺を仁王と岳人が訪ねてきた。
「景吾、雅治と岳人(がくと)んがお見えです。」
「通せ、」
窓から外を眺めていた俺は哀愁が漂っていたことだろう。
ユエは静かに部屋を出ていくと仁王と岳人を中に入れた。
「跡部。今、蝶を見送ってきた。」
「なにが起きたんだよ?つか、親父さんたちいつ帰ってきたんだよ?」
「今朝だ、」
蓬莱がアメリカへ帰ることを聞き、見送りに行ったはいいが俺の姿がない上に隣にいるのは違う男。
二人はわけがわからないらしい。
「両親の帰国と蓬莱の渡米はなにか繋がりがあるん?」
「蝶も細かいこと言わないからさ?つか、聞いても答えてくんなくてさ!」
「…蓬莱はなんて?」
「試合の日程が速まったって…じゃけ、なにかあると思うてここに来たん。跡部が蓬莱の見送りに行かんわけないもんな。」
こいつら二人の感は当たっていた。
何か事情があるというのはわかるが俺も自分のことなのに他人事のように詳細がわからない。
「蓬莱は…誰とアメリカに?」
「……言わんくてもわかるじゃろ?」
そうだよな。
蓬莱の友人と言えば、鳳佳梨だ。
だが、俺以外の男をアメリカに連れていくなんてあり得るのか。
「けど、信じてる…」
「……まぁ、その…信じてやるのは良いことだよな!な、仁王?」
「あぁ、」
気を使って言葉を発する岳人に俺は笑ってやった。
いや、笑ってやるしか出来なかった。
「心配すんな。んなに落ち込んじゃいねぇよ。」
「そっか、」
「俺が高校出たらアメリカに行くまでだ。」
「アメリカ?蝶を追ってか?」
「二言はねぇよ。俺は蓬莱以上のプロになる。」
蓬莱を追いかけてアメリカまで行く価値があるかわからないが、俺は彼女の横に並ぶにふさわしい男になる。
そう誓ったのは高等部一年の秋だった。
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