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act.55…別れを告げよ


このまま、俺たちは幸せになれると子供のように思っていた。

翌朝、俺の父親――省吾が俺を叩き起こすまでは。


「景吾、起きろ。」

「るせーよ、」

「聞こえんのか?」

「……親父!?」


目を覚まして、まさか親父が目の前にいるなんて思いもしなかった。

それはユエも同じらしく、親父の後ろで申し訳なさそうな顔をしていた。


「蓬莱!……蓬莱?」


隣を見れば寝ているはずの蓬莱はいなくなっていた。

事態が急変していることを察した俺は親父に言う。


「蓬莱はどこだ!」

「さぁな、」


鼻で笑うその笑いが自分とそっくりであることに嫌気がさした。

ユエに目配せすれば怖(お)ず怖ずと口を開いた。


「蓬莱お嬢様は今朝早くに出て行かれました。」

「経営の邪魔をしたくないという彼女の判断だ。」

「なんの話だ…!」


親父の後ろには母――イルエが何も言えずに立っていた。

真実を確かめるため、蓬莱が使っていた部屋まで走った。

どうやら出ていったというのは真実らしい。

彼女の所有物なに一つなかった。



ことを遡ること1時間半前。

寝室にユエが現れた。


「蓬莱さん、」

『ん…』

「お休みのところすいません。蓬莱さんに会いたいと仰ってる方がいまして…」

『どなたですか?』

「景吾の…父親です。」


急な帰国でユエも対応の仕様がなかったそうだ。

使用人から聞き出したのか蓬莱について親父が知ると彼女を連れてくるようにとユエに言ったらしい。


『おはようございます。お待たせしてすいません。』

「ほぉ?聞いたとおり、綺麗なお嬢さんだ。」

『米倉蓬莱と申します。』

「あなたのことは中村より聞いた。景吾の意向でここにいるんだとか、」

『親御さんになんの許可もなしに「いや、いいんだ。」


ユエの話だと蓬莱に対する態度は比較的穏やかだったらしいが、話す内容は毒蛇のように害となることばかりだったとか。


「いずれ、景吾はうちの企業を支えるため、頂点に立たねばならない。君と景吾は住む世界が違うのだ。わかるか?」

『はい、』

「頂点を極めるためには犠牲も伴うこと、プロテニスプレーヤーの米倉蓬莱ならわかるだろうな。」


コーヒーを一口飲み、テーブルにカップを置いてからしばし時間が経過したとき、親父は嘘を言った。


「君は景吾の恋人か?」

『い、いえ…』

「それならば良かった。景吾にはふさわしい婚約者を選ばせてもらった。」

『早い話、出ていくことを勧めておられるのですね?』

「賢い娘だ、」


跡部家は代々恋愛結婚だと聞いている。

その説に間違いはない。

両親も例外ではなく、恋愛結婚だと聞いた。

それが今になってなぜ?


『ユエさん、お世話になりました。』

「蓬莱さん、景吾にはなんて申し上げれば…」

『……急に試合の日にちが変更になった、とでも伝えてください。』


出て行ったその蓬莱の背を見て両親は悲しげな顔をしたと言う。

若い俺らではなく、親父の年代にしかわからないなにが苦しめている。


「景吾が選んだ彼女は良いお嬢さんなんだが…家が悪すぎたな。なぜ米倉蓬莱なんだ。」

「そうね。米倉さんのお宅は――」


恐らく、親父には蓬莱に関して悩むところや考えがあったのだろう。

そう考えるとなにも言えなくなる。





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