act.47…変化(へんげ)する
初めて蓬莱と丸井が会ったのは彼女が18歳(丸井は13歳)の時だったと言う。
「は?だって父さんの仕事だろ?」
「テニスが上手なお嬢さんでね。プロを目指しているらしい。」
「へー…?」
「会ってみないかい?」
彼女は丸井の父親に息子もテニスをするんでよければ話を聞かせてやってください、と言われたらしい。
お世話になっている、という理由もあり、蓬莱は快くその話を受けたとか。
「丸井ブン太です、」
『米倉蓬莱です。よろしく。』
「蓬莱?へー良い名前だな?」
当時、丸井は13歳だったのに子供らしくない、見た目に反することを言ったのが印象強いと笑っていた。
『もっと糖分を摂取すればエネルギーになるけど、そのエネルギーを上手に利用出来ないと太る可能性もあるね。』
「でも、それいいな。」
丸井に甘いものを勧めたのは蓬莱だと聞いて驚いた。
アイツは今だから甘党で有名だが当時は甘いものはあまり食べなかったと知ったからだ。
『ブン太とはお父さんの仕事関係で知ったの。』
「それでか、」
ああも綺麗な女に普通にしてられるところを見れば、アイツは特殊なのかもしれない。
「丸井が蓬莱と知り合いなんてどういう経緯でそうなったか疑問に思ってよ。悪かったな。」
『ううん?』
丸井との知り合うまでの経緯を臆することなく話してくれたところを見ると二人の間に恋愛関係のことはなにもないと思えた。
有名人となった蓬莱とのことを他言すれば私生活に支障が出るから、と丸井が彼女を気遣ったことには感心した。
『会ったのは久しぶりなの。』
「なら、話してくるか?」
丸井相手なら蓬莱といても安全だとわかり、少し譲ってもいいかなという気持ちになった。
しかし、彼女の答えは俺を喜ばすものだった。
『今日は景吾に案内してもらいたいからいいの。』
「なら、エスコートいたします。」
歩き始めた俺にあわせるように蓬莱も歩き始めた。
しかし、周りが蓬莱に気づき、すぐに足止めを食らった。
『あ、あの…連れがいますから、』
「………」
手ぐらい握ってやるべきだったと後悔したのは言うまでもない。
「蓬莱、」
俺が彼女に声をかければ周りは黙った。
こういうときは跡部の名前の偉大さに感謝する。
「デートの邪魔すんじゃねぇよ。」
『ちょっ、景吾!』
いたずら気分で蓬莱の腰を引き寄せて周りに見せつけてやった。
邪魔をしないように釘を打ったつもりだった。
俺は恥ずかしがって逃げられないためにすぐに話題を変えた。
「そうそう、岳人がカフェの店員すんだけど、ただの店員じゃなくて女装するらしい。」
『岳人なら可愛いんじゃない?』
「俺もそう思う。」
学園祭開催の合図の花火が上がると生徒たちがその場で声を上げ、ともに拳を空に向けて一度だけ飛び跳ねた。
自分が学生の頃から伝統が変わらないことを知ってか蓬莱は嬉しそうだった。
『なんだか懐かしい、』
「5年前の話だもんな?」
『年をとっちゃった気分。』
俺たちはそんな会話を交わしながら人を避けて歩いて目的地に向かうことにした。
向かった先は岳人が参加してる喫茶店。
着いて早々、嫌な光景を目の当たりにしてしまった。
「うわ、」
『どうしたの?』
予想はしていたが実際に見るのとは吐き気の催し方が違う。
回りの奴らが引いてるからやめろよ忍足、と内心悪態づく。
「可愛えや〜ん!」
「やめろ!触んなー!!」
忍足が女装した岳人を口説いていた。
決してホモとかではないのだが、冗談でホモです、と言えば誰も疑わないだろう光景だ。
『気持ちはわかる。可愛いもん。』
「……見なかったことにする。それより、なんで店員に丸井と切原がいんだ。」
『借り出されたかな?』
蓬莱は女装させられた丸井に近づいていった。
そして、アイツから話を聞いて笑っていた。
「だってー!余れば食い放題とかいうからよ?」
『プライドないの?』
「菓子が食えるならプライドなんかクソくらえだ。」
丸井は菓子が命だからそう言うのを蓬莱は若干期待していただろう。
しかし、そのせいで連れが巻き込まれてるんだから同情する。
『ブン太らしい。で、赤也は巻き込まれたってわけ?』
「そうなんス!丸井先輩の人でなしー!」
『でも赤也、なかなか可愛いよ?』
「マジすか?俺も実は似合ってんなーとか思ってたんス!嬉しくねーけど、」
楽しそうに笑ってる三人を遠くから見ていたら仁王が声をかけてきた。
仁王も女装していたらどうしよう、なんて思っていただけあり、普通の格好に少しだけがっかりしたのはここだけの話だ。
「仲良かったん知らんかった。ブンのヤツ、なにも言わんから…」
「あぁ。蓬莱もなにも言わなかったしな。」
別に二人の関係を疑ったりしていない。
丸井に限ってそんなことあるわけないしな。
「そうそう、今日は跡部が女装大会に出るんじゃったな。」
「仁王、テメェもだろ。」
「ピヨッ、」
そうだ。今、女装してなくとも後でその姿を拝見出来るんだからがっかりする必要はなかったんだ。
つか、嫌なことを思い出させるなよ。
そう仁王に言えば、俺を見下して言った。
「男がグダグダ言わんの。俺はどーせやるんじゃから楽しませてもらうが?」
「おまえと一緒にすんな。」
「あー…確かに蓬莱に見られるんはおまえにしちゃキツイかもな。」
そう苦笑しながら言う仁王に哀れまれたがその表情は一変した。
やる気がないコイツが珍しく燃えている。
「ま、出るからには勝つ。おまえのプライドなんかケチョンケチョンにしちゃる。」
「……あん?誰がテメェごときに潰れるかよ。」
普段ならば仁王の挑発には乗らないが、奴に負けるのが悔しく思えた俺は勢いで言う。
すぐに後悔するが後の祭り。
「勝つのは俺だ!」
「ふっ、楽しみじゃ。」
仁王は俺が難なく引っかかったことに満足したのか、楽しそうに笑った。
わざとらしく支度をしに行くか、と声を上げる仁王を見て眉間に皺が寄った。
「チッ、」
仁王に引っかかった悔しさをどこに吐き出せばいいかわからず。
舌打ちしても解決はしなかった。
「跡部助けてー!」
「待ちや岳人ー!」
「(……こんないいタイミングはないな。八つ当たりするにはもってこいだ。)」
俺に助けを求めてきた岳人を庇うように見せかけて忍足をとりあえず殴ってみた。
ただの八つ当たり。
「酷いわー」
「うっせ、岳人が嫌がってんだろうが。」
しかし、天才と呼ばれた忍足にはお見通しかもしれない。
俺の周りにはこんな奴ばっかりだ。
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