act.26…だらしない
翌日、中村に声をかけられてもほとんど無言のまま朝を過ごし、静かに俺は家を出た。
なにも考えられない頭を左右に振って気持ちを切り替え、学校の校門をくぐった。
玄関の靴箱を前にした時、肩を叩かれて振り向いた。するとそこには仁王がいた。
「よぉ、跡部。おはようさん。なにシケた面しちょるん?」
「仁王、」
「そういや、昨日は声かけてやれんくて悪かったな。」
戸惑うような表情を見て、仁王は苦笑しながら俺の頭を撫で回した。
昨日の行動は仁王なりの気遣いだったと理解した。
「見てるだけってのは辛いよな。でも、俺は跡部の見方なん忘れなさんな。」
「…仁王、俺……」
言葉に悩んでいると仁王は笑いながら言った。
「蓬莱を好きな気持ち、それを忘れなければ良いと思うん。敵は手強く見えてもな。」
「おまえが笑うなんて気持ち悪い。」
「そんなこと言わんで。そういう跡部こそ、その緩んだ顔なんとかならんのか?」
頬をギュッと抓られ、顔が歪んだ。
痛みより仁王に屈辱を味合わされるなんて冗談じゃないと思った。
「やーめーれー!」
「ククッ、はいはい。」
「つか、俺がいつ顔を緩ませた!」
これも仁王の気遣いなのかもしれない。
キノコが生えそうなくらい湿気た暗い雰囲気を吹き飛ばせた気がした。
「そういや、今日のバレーとかダルいのう?」
そうふと呟いた仁王の言葉に疑問符を浮かべた。
*
俺は学校である行事をすっかり、いや完全に忘れていた。
氷帝で生徒会長をしていたころに比べるとかなり気が抜けて怠けたもんだ。
「仁王も跡部も、はよー!」
不意に聞こえた明るい声と同時に仁王が一瞬、微動した。
岳人が背中に飛び乗ったのだ。
「向日、今日は俺は寝ちょるから一人でがんばりんしゃい。」
「つれねぇヤツ〜!今日は絶対に負けらんねぇんだってば!勝ったらバイキングやってるホテルの食事招待券だぜ?だから絶対勝つ!」
やる気がない仁王に対し、一人意気込んでいる岳人を見て表情が緩んだ。
ホームルームが終わるとジャージに着替えさせられ、体育館へと向かう。
すると学園の理事長である仁王の母親が試合ルールを説明するためにステージに立っていた。
「相変わらずド派手だな。」
「あんなん他人じゃよ。」
透き通るシルバーヘアーに真っ白のスーツに身を包んでいる。
短めのスカートには不必要に思えるくらいスリットが入っている。
「化粧品会社を営みながらこんな学園を仕切るなんざ、ただ者じゃねぇな。」
「全くの同感じゃ。」
「てめぇの母親だろうが、」
姉妹校対抗、バレーボール大会。
男女各ブロックの優勝グループにあるホテルの食事招待券が付与されると言うものだ。
「よっしゃあ!頑張るぜぇ!」
気合いを入れる岳人を横目に先週の出来事を思い出す俺。
ワンテンポ遅れていた。
「もしかして、こないだのグループ分けはスポーツ大会のやつだったのか?」
「「今更!?」」
二人に突っ込まれ、目が点になる。
行事を真面目受け止めるなんて優等生のすることだろう、と内心思っていた。
全く不良になったもんだ。
*
一方、その頃、蓬莱はなにをしているかというと、
「(雅治ー!!)」
『ちょ、待ってぇ!?』
なぜかこももに走らされていた。
それは少し前のこと、蓬莱が散歩していたときのこと。
「(雅治ー!どこぉ?)」
家から抜け出してきたこももが道を一人でウロウロしているところに出会(でくわ)した。
『あ、雅治の……こもも。』
「(ん?あ、佳梨が片思いしてる相手だ。名前聞いてないからわからないや。)」
『なにしてるの?』
「(雅治がいないのぉ。)」
くーん、と寂しげな声を上げたこももの頭を蓬莱は優しく撫でる。
「(まさか浮気!?)」
『もしかして一人で出て来たの?あ、そうだよね…ご主人様は学校だし。』
蓬莱は周りを見渡しながら言うとある言葉にこももが反応した。
「(学校…?それだぁ!そこで浮気してたらとっちめちゃるんだから!)」
『一人で歩いてたら危ないよ?おうち帰りなさい?』
「(よし、おねいちゃん!危ないと思うなら学校までこももに付き添いなさい。)」
こももは蓬莱の持っていた鞄を奪うと走り出し、必然的に蓬莱はこももを追いかけ、走らなければならなくなったというわけだ。
こももは一足早く学校の門まで来ると門に柵があるのに気づく。
しかし、犬にとって何ら問題はない。
こももはスルリとその柵の間を潜り中に入っていく。
立ち止まって振り返ったこももは尻尾を振っていた。
『あーもう…こももー!』
蓬莱は“不法侵入すいません”と内心で断りを入れ、柵を乗り越えて敷地に足を踏み入れた。
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