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act.5…初恋の余韻


時間が時間だったが彼女には嘘がないと思えた。

また会えるかどうか尋ねれば、振り返ってこう言った。


『会えるよ!少なくとも私はまた会いたいもん。』


そう笑顔で答えると彼女は走り出した。

思ってもなかったその台詞に一人、俺は屈み込んで顔を赤らめていた。

火照る頬をなんとか冷やそうとして、手で顔を仰いだ。


「初めてだぜ。あんな女は……」


蓬莱は顔や家柄を見て近づいてきたのではなく、俺自身を見てくれた。

それに女と一晩過ごして何もなかったヤツなんかいなかった。

外だったとはいえ、唇が重なることすらなかったなんてあり得ない。

さらにまた会いたいと思った女は彼女が初めてだった。


「どこか違うな。」


そう呟いてからしばらくしても俺はその場から動かなかった。

蓬莱と過ごした時を一から思い出していたからだ。

その楽しかった時間を終わりにしてしまうのはもったいなくて、太陽が昇るまで俺は一人たたずんでいた。





その日、初めて学校というのを憎く感じた。

そのせいで蓬莱との時間に終止符を打たなくてはいけなかったからだ。

大きな屋敷に向け、門から家までの長い道のりをかったるく歩く俺――帰り心配していた使用人の中村はさしずめ、窓からずっと見ていたんだろう。

俺の姿が見えるや一階の窓を開け放ち、バカデカい声で叫んでいた。


「…こんの親不幸者ぉー!心配したんですよ、誰が朝帰りを許したんですか!中村はそんな子に育てた覚えはありませんっ!」


そう、ハイテンション気味に言いながら大げさにわんわん泣く中村のいる窓の近くまで来て頭をペチッと力なく叩く。


「うるせーなぁ。誰が親だ、バカ。そんな若い親がいるかよ。俺をいくつで生んだんだ。」

「逆算すれば8歳ですっ!」

「胸を張って言う事じゃねーだろ。そんな年で生めるかよ。」


呆れながらも安心できるいつもと変わらない中村を見て、喉をククッと鳴らす。

すると俺を見て中村は不思議そうに首を傾げた。


「……景吾、何かあったんですか?」

「あ?」

「なんだか嬉しそうなので。」


感情とはそんな顔に出るものなのかと焦ってしまった。

朝帰りしたことがあるのは今日だけじゃないが、いつもと違った雰囲気だったのかもしれない。



昔から俺の世話をしてくれてる中村に本心を語ることを恥ずかしく思った俺は黙っていようと思った。

だからごまかした。


「……ちょっとな。」

「誤魔化しても中村にはわかりますよ〜?なんせ景吾がオムツしてるときから存じ上げますからね〜」

「バ、バカ!俺はオムツなんかはいた記憶がねー!」


意地悪そうに笑いながらはいはい、と言う中村。

俺が唯一信頼している人で親代わりと言っても過言ではない。


「しかし、朝帰りの日はせめて連絡くらいくださいよ?心配するんですから!」


女だと自覚がないのかドスドス音を立てて歩く中村を見て笑うがそれも力なく、俺は立ち止まった。

心配してくれてた親である中村にはやはり言うべきか、と思ったのだ。


「あれ?どうなさいました?」

「なぁ、ユエ?」

「はい、なんでしょう。」

「昨日、会った女が俺を見て寂しいの?って聞いてきやがった。」

「景吾はどう思いました?」

「よくわかんねぇ。けど、嬉しかった。俺自身寂しいなんて感じてるつもりはなかった。うるせーおまえもいるしな。」

「それはそれはすいませんね。」


嫌みっぽく言ったあとに中村は控えめに笑った。

彼女、中村が俺といることに嫌気をさしたことがない証拠。


「確かに自分を理解してもらえることほど嬉しいことはありませんよ、」


まるですでに経験したかのようにいう中村はニッと口の端を持ち上げて笑った。

それから目を真ん丸くするとぐっと接近して来た。


「無意識に相手の方を見つめてたりとか、胸が熱くなって、キューと縮まったように苦しくなりませんでした?」

「は?…あ、あぁ。そうだな。」


中村の質問に返答すると、優しく微笑みながら口を開いた。


「景吾?それは恋、ですね。」


俺は蓬莱に会った当時、自分が恋をしていると自覚なんてしてなかったんだから笑えるよな。





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