act.38…汚れた過去*
いつの話か思い出すのも嫌になる。
自分があぁも自分勝手な人間だったなんて恥だからだ。
目をつぶればあの頃の会話、情景、匂いまでも思い出せる。
そう遠くない過去の話だ。
「なんだと?」
「ですから別れたんです。」
「なにを理由にだ!」
「…中村もよくわかりません。」
「まさか納得、してるわけじゃねぇよな?」
自室の掃除をしに来ていた中村は俺に背を向け、黙々と手を動かしていた。
ざまぁみろ。
そう思いつつ、仁王の結論に対して疑問を持った俺の問いかけに対する中村からの直接的な返事は返ってこなかった。
「仕方ないんですよ、」
そう呟いた中村の言葉を聞いて何かがこみ上げてきた。
肩を掴んで振り向かせれば彼女の頬には涙が伝っていた。
にぎりしめている使用人用の制服のスカートに涙が滴り、シミになっていた。
「なんで好きなら好きって言わねぇんだよ!!」
「雅治には雅治の考えがあったんですから仕方なかったんです!」
俺の言葉にただ中村は自分に言い聞かせるようにそう答えた。
俺は親代わりでもあり、姉代わりでもあり、ときには恋人のような存在だったユエが仁王に持って行かれたとき、みっともないくらい拗ねたのを覚えている。
「別れた理由は?」
「聞けませんでした。」
「じゃあ、俺が聞いてやる!」
仁王に直接破局の理由を聞かない限り、俺は納得できなかった。
大切な家族を横からさらっていったくせに今更いらない、なんてそんなふざけた話がどこにある?
俺は納得できなかった。
「や、やめてください!!いいんです、いいんです…景吾。」
「ッ、」
泣きながら俺を引き留めたユエがあまりにも切実だったため、俺の怒りのボルテージは下がる。
「す、いません。みっともないところお見せして…」
ユエは俺から手を離すといつも以上に早く片づけを終わらせた。
そして扉の前に立ち、一礼して言う。
「お掃除終わりました。なにかあったらお呼びくださいませ。」
扉に手を掛け、部屋から出ていこうとしたユエを俺は引き留めた。
今、コイツを一人にするな、と本能で悟ったからだ。
「なにかあったらだぁ?今、現になにかあったんじゃねぇの?」
「…それは景吾があったわけではありませんから。」
再び失礼します、と言い、扉に手を掛けようとする。
まさしく、逃げるように。
今はそっとしておく方がよかったのかもしれない、なんて思いやしなかった。
「来い、ユエ。俺が慰めてやる。」
「ちょ、」
これを嫉妬と言うのだろうか?
なら、酷く醜い嫉妬だったろう。
「仁王には何回抱かれたんだ?」
「っ、」
「ふっ、どんなおまえが見れるのか楽しみだな。」
俺は冷酷な笑みを浮かべ、目の前の獲物に舌舐めずる悪魔のようだったかもしれない。
中村のボディラインは綺麗だった。
俺は使用人が俺を満足させられる身体を持ち合わせているなんて最高の逸材だな――なんて鼻で笑っていた。
「いいか?二度とほかの男のもんになんじゃねーぞ!」
「すみ、ま…せっ…んあぁっ、」
それからというものの、アイツは俺に背かない。
そんな素振りも見せない。
「景吾、言ってください…本当は寂しかったんですよね?」
「…仁王に目を向けるようになって、俺の世話が疎かになったわけじゃなかったけどな?」
ベッドで余韻に浸りながら中村と会話したことだって今も覚えてる。
柔らかい肌に触れて、髪をすいて、汗で引っ付いた前髪をかきあげてやる仕種も。
「…すいませんでした。今後このようなことはないとお約束します。」
「わかればいんだよ。大体、俺専属の使用人のくせになに仁王の手中に収まってんだバカ。」
「二度とないと誓います、景吾。」
あの時ほど、中村ユエを“女”として見たことはない。
あんな誘うような仕草をすることや俺を高める甘い声が出ることなんか正直知らなかった。
だが、あの時だけだ。
中村を女として見たのは“二度と主人に背かないように”と戒めながら抱いたあの夜だけだった。
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