act.37…消したい過去
俺が気になって仁王に電話したのは遊園地でのことだ。
不思議なことに誰一人として米倉蓬莱に近寄ってはこなかった。
仁王は電話に出るとこんばんは、とわざとらしく挨拶をしてきた。
「で、どうしたんじゃ?」
「あぁ、悪いな。今日のことだが、」
「今日?」
「遊園地で蓬莱に声をかけた人間が一人もいなかったんだよ。」
そう不思議に思ったことを言うと間を置いてから仁王は話してくれた。
言うべきか否か考えていたのかもしれない。
「それは、向日じゃ。アイツ“跡部にはこの恋愛が例え実らなくても、絶対に貫き通してほしいんだ。だから一般人に邪魔はさせない!”って意気込んどって…」
「その意気込みは嬉しいが、“実らなくても”ってのは余計だ。」
そう言えば仁王の独特な笑い声が電話越しに聞こえた。
俺はあれが岳人の知恵だったなんて思いもしなかったから少し驚いていた。
「そんで、遊園地側に協力してもらったん。米倉蓬莱が休暇で日本にいて、明日遊園地に行くって情報があるがそっとしていてほしいってな。」
余計なことしやがって、なんて照れ隠しでも冗談でも言えなくて俺はその言葉を飲み込んだ。
「入場ゲートんところでそれを呼びかけるチラシを配ってもらったん。」
「おまえが作ったのか?」
「もちろん、」
「そういうことだけは早いよな。」
どーも、と受け答えしつつも軽い笑いが聞こえたがその笑いからして喜んでいるように感じた。
「そしたらな?蝶が夕方までおったおかげで、その姿を一目見ようと多くの客が遊園地内に留まったからかなり儲けたらしいん。」
「ふーん?」
「ま、跡部と歩いちょるん見てびっくりした人が多かったみたいやけどの?」
まぁ、そりゃあ、そうだろうよ。
蝶が年頃の男と歩いてるなんてどう考えてもデートだからな。
「じゃけ、みんなは生の蝶を見れたから満足して帰った、言うて遊園地側が遊園地代ただにしてくれたんよ。ラッキーじゃ。」
そう仁王は言ったが、チラシを作る金の方がかなりかかったんじゃないか?とふと疑問に思った。
しかし、仁王が好意でしてくれたことに対して“金銭面が”なんて話をしたらその好意がぶち壊しだ。
だからなにも言わなかった。
「ありがとな、おまえらのおかげで楽しかったぜ?」
「向日に礼を言うてやってくれん?チラシの文章とか考えたんはアイツなん。」
あの岳人が仁王任せにしないで自分で考えたなんて褒めるべきことだろう。
でもなんで自分でしたんだ?
「明日一番に言っておくぜ。」
きっと喜ぶぜよ。
そう言った仁王の言葉を聞き、喜んでいる岳人が思い浮かんだ。
「だけど、仁王?俺、おまえらがいて良かったって思うぜ?」
「急になんなん?」
気持ち悪いこと言いよって、と苦笑しながら仁王は言う。
でも、おまえらがいなかったら俺の恋愛は進むことなく、終わってたかもしれないんだ。
「跡部が初めて人を思えたことに協力してやりたかったん。じゃって、ユエん時とは違うじゃろ?」
「中村は――」
「今はただのメイド、かもしれんがな?」
中村を今は確かにただのメイドとしか思っていない。
だが、俺は黙っていられず、笑いながら言う仁王に反論する。
「おまえなんかただの人様んちのメイドだなんて思ってなかったろ!?」
「今はこももがおるん。浮気は許されんからな。」
「だとしても、いつまでもズルズル引きずりやがって。」
少し間が開いた。
図星だったかと一瞬怯んだ。
「…ふっ。独占欲の強いおまえに言われとうないぜよ。俺がユエと別かれた瞬間、襲ったんは誰だったんかのう?」
捩伏せられた。
嫌みったらしく言う仁王にこれ以上なにも言えなかった。
引き出された過去を思い出すといい気分ではなかった。
それは恐らく、本気で恋をすることを知ったからだろう。
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