[携帯モード] [URL送信]
act.36…知らぬ真実の糸


蓬莱はレジで渡されたビニール袋に商品を詰め始め、袋一つが横に置かれた。

俺はその詰め終えた一つを手に取り、蓬莱がもう一つに詰め終わるのを待っていた。


『ね、景吾?岳人のジュースだけど…』

「あん?」

『あのとき、急に景吾が手を引っ張るから“ただの炭酸水”しかカゴに入らなかったの。』


あのとき、というのはたぶん男が近づいてきたときだ。

ただの炭酸水、と書かれたラベルを凝視して数秒後、俺たちは同時に吹き出した。


「俺知らねぇからな、」

『無責任!』

「うちにあるリンゴかオレンジジュースで割りゃあいいだろうが。」

『それで我慢してもらおっか。』


蓬莱と過ごす時間、何気ない会話、くだらないことで笑えることすべてが好きだ。

今までこれほど一緒にいたいと思えた女はいなかった。

そんな相手に出逢えた俺はなんて運がいいんだろう。


「荷物持ってやるよ。」

『え、いいよ〜?』

「いいからよこせよ。」


なぜか手に持つ荷物を渡そうとしない蓬莱。

仕方なく一つは持ってもらうことにした。


『荷物を両手に持つより二人で1個ずつのがいいよ。だって、重い気持ちも分けあえるでしょ?』

「女に荷物なんかふつうは持たせねぇんだよ。」

『…そんなに荷物持ちたいなら違う荷物あげるよ。』

「違う荷物?」

『はい、』


蓬莱は手を差し出してきた。

まさか自分が荷物だなんて言う気か?

誰だって、こんな可愛い荷物なら喜んで持つぜ。

俺がその手を優しく握ると蓬莱も握り返してきた。

お互いを見て、ふと笑うと同時に歩きだした。


「バーカ、俺は蓬莱を荷物だなんて思ったことねぇよ。」


俺はこれ以上の幸せはないと感じた。

初恋の相手と付き合ってすらいないのにこんな会話が出来るんだから上出来だろう。



*



家に帰ると中村が俺らをいつものように出迎えてくれた。

時刻は8時を回っていたため、食事をさせようと半ば無理矢理だったが食堂へ連れてくるや上から押しつけるように席に座らされた。

もう少し上品に出来ねぇのかコイツは、なんて思った。


「で?どうでした?デートは、」

「ッ、ゲホッ!」


思いっきり強調して言う言葉に俺は口に含んでいたスープで噎(む)せた。

蓬莱が気を使ってナプキンを手渡してくれた。

それで口元を押さえ、呼吸を整えていると中村が涼しい顔して言いやがった。


「景吾ぼっちゃま、いかがいたしましたか?」

「おまえのせいだ!」

「中村はなにも存じ上げませーん。」

「呼吸困難で死ぬところだっただろが!」


中村の首を抱え込み、頭を拳でグリグリと押しつけた。

もちろん、中村はそれなりに抵抗した。


『……二人は仲が良いんですね?』

「冗談じゃねー!何が嬉しくてこんな女と仲良くしなきゃ「そりゃあ、彼がオムツをしているにもかかわらずオネショするような年からお世話していますから、」


暴露したネタがよりによってそんな話で俺の怒りはフツフツとこみ上げる。

小さかったとはいえ、こっ恥ずかしい話の一つだ。


「な〜か〜む〜ら〜?」

「はい?」

「はい?…じゃねんだよ!!」

「わかりました、もうなにも話しませんから。」

『でも景吾?小さいときはオネショとかしちゃうものだよ?』

「そうですよ!蓬莱お嬢様の仰るとおりです。」


中村がそう言うと蓬莱が苦笑しながら言う。

そういう問題じゃねーだろ。


『中村さん、その“お嬢様”ってやめませんか?私、そんな偉い人間じゃありませんし、』

「そうですか?しかし、景吾ぼっちゃまが愛され「やめろ!」

『?』


疑問符を浮かべる蓬莱を余所に、俺は中村を脇につれてきた。

使用人のくせに態度がデカいし、余計なことばかり言いやがるし。

まぁ、それが中村ユエなんだが。


「そんなお怒りにならないでください?」

「笑ってんじゃねーよ。とにかく、今は蓬莱の重荷にはなりたくねぇんだよ。」

「……重荷、ですか。それはご本人様にお伺いしなくてはわかりませんよ?ですよね?蓬莱お嬢様?」

『え?』

「やめ「景吾ぼっちゃまは重荷ですか?」


はっきり聞きやがった。

しかし、事の意味を正しく理解するには質問内容が不十分だ。


『いいえ?一緒にいると楽しいですから、そんな風には思いませんけど?』

「よかったですね、景吾ぼっちゃま?」


背中をバシッと叩かれ、鼻歌を歌いながら去っていく中村に蹴りを入れてやりたかった。


「たくっ、あのバカ!」

『……本当に仲がいいよね?』

「そんなことねぇよ。」

『ちょっと羨ましいも…』


そう言ってから誤魔化すように笑う蓬莱に胸が痛んだ。

俺は下手なことは聞けないし、過去のことを話すわけにはいかないから黙っていた。


『ところで、景吾のご両親のどちらかは外国の方なの?』

「あん?なんでだ?」

『景吾の瞳って青いでしょ?だから…』

「あぁ、母親がハーフなんだよ。」

『じゃあ、クォーターなんだ?格好良いね!』


話がそがれて少し安心した。

いや、もしかすると気を遣って反らしたのかもしれないが。


「そうか?漆黒の瞳も格好良いと思うぜ?」

『純日本人だからね。ねぇ?その瞳だと少し世界が違って見えたりしないの?』

「しねぇな。蓬莱が見てる風景と同じだと思うぜ?」

『そうなんだ。同じ世界を見てるなんて嬉しいな。』


食後、紅茶を飲みながらお互いの両親の話をした。

彼女から過去、自分の父親の死因を調べようとしたがなかなか見つからないと聞いた。


「(調べて見つからねぇ?んなことあるのか?)」

『母も教えてくれなかったからきっと今はまだ知ってはいけないんだと思って…その時がくればわかるだろうし調べるのをやめたの。』

「辛抱強いんだな?」

『父が亡くなったのは私が小さい時だったから、あまり父に関しては記憶にないの。だからかな?』


俺の手にかかれば、父親の死因くらいわかるだろう。

しかし、本人がそれで納得しているなら、俺が出しゃばるところではないと思った。

それにしても、父親の死因が調べてもわからないなんて、まるで情報を抹消したかのようだ。


『ごめん、いろいろ話しすぎた。』

「いいや?話してくれてありがとよ?」

『そろそろ寝るかな。』

「あぁ、」


それから会話にひと段落がつき、互いにおやすみを言って自室に戻った。


それから俺はすぐに自室にある電話機から仁王に電話をかけた。

気になったことがあったのだ。


雅治?今呼ぶから待ってね。

「すいません。」

雅治ー?


電話に出てくれたのはアイツの姉の由紀恵さんだった。

彼女が仁王の名前を呼ぶと、それに反応してかこももが吠えているのが聞こえた。


「(誰から?まさか浮気!?)」

「違う違う、たぶん跡部。」

「(それなら許す。)」


こももが吠えては仁王が口を開き、こももが吠えては仁王が口を開き、の繰り返し。

“会話”をしていると言うには不自然だが仁王はこももと話せると言う。

犬と話せるなんて不気味だが、それに関していつもなにも言わないようにしていた。

怖いからな。





あきゅろす。
無料HPエムペ!