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act.35…恋人未満



慎重に食材を選ぶ蓬莱は真剣そのものだった。

それだけ一つの行事を大切に思ってくれてる証拠。

だから蓬莱を見ていると頬が緩んだ。


『いつもおいしいものを食べてる景吾にはこんなものじゃ、……口に合わないよね?』

「庶民の味ってやつか?」

『うん、』

「庶民の味ほどうまいものはないと思うぜ?」


そう言った俺の言葉の意味を理解できたのだろうか?

庶民という言葉を使ったのは別に馬鹿にしたつもりはない。

そうだと蓬莱ならわかってくれると俺は信じていたからあえて説明はしなかった。


『ふーん?それは愛情こもった手作りが好きってこと?』

「え、あ、あぁ。」

『そっか…そうだよね!』


このとき、蓬莱が俺の言いたいことを理解してくれた喜びで余裕がなかったことは残念だ。

何か嬉しそうにしていた蓬莱に俺は気づけなかったからだ。


『ねぇ、景吾?ジュースっているかな?』

「岳人か?」

『うん、岳人。』

「なかったらウルサそうだもんな、アイツ。」

『じゃあ…』


ジュースを蓬莱が選んでいた時、ふと聞こえてきたのは買い物に来ていた客のある会話だった。


「あれ、テニスプレーヤーの米倉蓬莱じゃね!?」

「生で見ると美人〜!」

「声かけてみっか?」


買い物客――数人の男が俺たちの方に近づいてきた。

ナンパされることは間違いない。

俺はすぐに蓬莱の手を掴み、カートを片手に押して歩きだした。


『え、ちょ…それ、』

「いいから来いよ。」

『?』


頭に疑問符を浮かべる蓬莱。

それは近づいてきた男たちも同じだった。


「誰だあれ?彼氏か?」

「はぁ?まだガキだったぜ?」

「なら、彼氏はねぇか。」

「弟じゃね?」


気に障るような笑い声。

周りから見ると俺たちは恋人同士には見えないんだな、と思うと少し落ち込んだ。


『景吾、いきなりどうしたの?』

「いや…」


独占欲と言うのか?

彼氏でもないのに蓬莱を人に見せたくないとか思うなんてどうかしてる。


なぁ、蓬莱?と声をかけた時だ。


「日本に滞在してるって言うのは本当だったのね〜?」

「隣の彼、恋人かしら?」

「ハンサムだし、お似合いのカップルね!」

「「若いっていいわね〜!」」


そんな会話をしている主婦のおばさんたちがエプロン姿で立っていた。

変なタイミングで声の音量あげてんじゃねーよ、と内心悪態付いた。


『お似合いのカップルだって、』


照れくさそうに俯いた蓬莱に口から飛び出しそうな言葉を俺はなんとか飲み込んだ。

もし、本当に付き合ってたらそうだったと思う。


蓬莱の反応を見てからの話だが、その時ほどスーパーでたむろするおばさんたちに感謝したことはない。

数秒前まで悪態付いてたことは都合よく帳消しにした。


「蓬莱が美人だからな。」

『え?景吾もハンサムって言われてたじゃない?』

「おばさんにハンサムって言われても嬉しくねぇよ。」

『じゃあ、誰に言われたら嬉しいの?』


なんて意地悪っぽく言う蓬莱に胸が弾んだ。

彼女の問いに俺はどう答えればいいだろうか?

少し悩んだ末、口を開いた。


「今は蓬莱に言われると嬉しいな。」

『……嬉しいの?私に言われて?』

「あぁ、」


真っ向勝負を挑んでみた。

さぁ、どうするよ蓬莱?


『景吾は格好良いと思う。』


やられた。

そんな顔すんなよ、無性に抱きしめたくなるだろうが。

伸ばた腕をどうするつもりだよ、俺。


「(なんとか引っ込みはついたが…)」


何度勝負をふっかけても蓬莱には勝てないんだな。

普通、女に勝てないなんて虚しくなるが、俺の中での蓬莱は強いイメージだから許せる。


「でも、蓬莱ならどんなヤツが隣でもお似合い、って言われるだろう。」

『そんなことないよ。』

「そうか?女がいいから男が多少ヘボでも補える感じがするけどな。」


苦笑した俺を見た蓬莱はおもむろに不機嫌そうに顔を歪めると腕を掴んできた。


『本当にそう思うの?』

「あん?」

『本当に私の隣にいる人がどんな相手でもお似合いって…景吾は思うの?』


真剣に訴えてきた蓬莱を見て、自分が惨めになった。

だが、出会って間もないし、お互いを良く知ってもいないのに告白じみたことなんか言えるわけがなかった。


「蓬莱が隣にいて欲しいって思えた相手が一番お似合いだと思うぜ?」


上手くかわせたと思ったんだが、蓬莱はそう簡単に話を完結させることを許さなかった。


『……たとえば?』

「た、たとえば!?」

『景吾なら、…隣にいてくれる?』


そう言われ、胸が締め付けられた。

返す言葉を選ぶのに時間がかかってしまい、少し後悔することになった。


『………なんて冗談だよ!そんな顔しないで?』


笑いながら言う蓬莱はすぐに俺に背を向けてレジへ向かった。

すぐに返答出来ていたなら、俺達もっと早くお互いに歩み寄れたのだろうか?


『(なに言ってんだろう私…)』


このとき、すでにお互いを意識していたなんて想像もしなかった。

自分のことで精一杯だったんだと思う。

そのせいで長い間、お互いの気持ちは秘めたままとなった。





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