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act.33…あなたにキスを


食後もアトラクション――激しいやつから子供向きのやつまで、片っ端から回った。

岳人は大抵、仁王と歩くから俺は必然的に蓬莱と歩くことになった。

それはそれでラッキーではある。


『これに…は、入るの?』

「いよっしゃあ!行くぜぇ!」

「みんなの意見聞いてからにしろよ、岳人。」


そう言ったときにはすでに岳人は仁王を連れてお化け屋敷の中に突入していた。

隣でか細い声を聞いていただけあり、蓬莱を心配した。


「蓬莱、平気か?」

『う、うん…』


ギギギッと不気味な音と共に入り口の扉が開かれると、さらに気味悪いバックミュージック――おどろおどろしい音楽に加え、コウモリや猫が鳴く声やなにかの叫び声などが流れていた。

俺は先に建物内に入り、蓬莱の前を歩いた。

しばらく歩くと遠くから岳人の悲鳴に近い狂った笑い声が聞こえた。


「お化け屋敷で笑うバカがどこにいんだよ。」


岳人の声で歩いていた足を止め、ふと振り返ると蓬莱がいなかった。

館内が涼しいのもあるが背筋がひやりとしたのは怖かったからだ。


「……アイツどこ行きやがった?」


見渡すが人気はない。

ここにたどり着くまでに分かれ道がいくつかあったから、はぐれたのだろう。

手を繋いでやるべきだったと後悔した。

このお化け屋敷はかなり広い建物、下を向いて歩いていたなら道に迷っても仕方ない。

名前を呼びながら来た道を戻るが返事はない。


「蓬莱!」


探すこと数分、道の真ん中で座り込む人を見つけた。

耳を押さえ、小刻みに体が震えていた。


『けぃ、…ご?』

「悪い蓬莱、手繋いでやれば良かったな。」


その言葉に対し、ブンブンと首を横に振る蓬莱を支え、立ち上がらせた。

顔をのぞき込んだとき、彼女の頬が涙で濡れていることに気づいた。


『……り、にしな…いで……』


“一人にしないで”

弱々しく放たれた言葉はしっかりとこの耳に届いた。


「悪かった、蓬莱。もう泣くな。」

『けい…ごぉ、』


手を伸ばしてきた蓬莱の手を引き、しっかりと抱きしめた。

冷えていた体も俺の体温を感じて安心したのか、蓬莱の体の震えは徐々に止まり、体温も戻っていった。


「歩けるか?」

『ごめ、もうちょっと待ってくれる?』


結局、ゴールまでまともに歩けそうもない彼女を抱き上げ、俺はゴールに向かうことにした。



*



長い道のりを経て、ようやくゴールすると日よけに立てられたパラソルの下にはかなり前にゴールしたであろう岳人と仁王がいた。


「待たせたな。」

「おっせー!……て、蝶どうしたんだよ?」

「どうしたじゃねぇだろ。」

「は?」


事情をよく知らない岳人が話を聞いてひらすら蓬莱に謝っていた。

知らなかったとはいえ、岳人は本当に申し訳なさそうだった。


『もう大丈夫だよ。景吾も早く見つけに来てくれたし。』

「マジでごめんな?」

「じゃあ、頭にインプットしとかんとな?蝶はお化け屋敷を含む暗闇が苦手って。」

「今度からは気をつけっから!」


岳人の誠実な態度は本当に反省していると思えたから誰もヤツを責めなかった。

この重い空気を取り除くべく、岳人は明るい調子で口を開いた。


「じゃ、気を取り直してー」


そして、オレンジになった空を回る大きな円盤、観覧車を指さした。

遊園地の最後に乗る乗り物の定番、というわけで観覧車に乗るらしい。


「あ…蝶。高いのは?」

『平気だよ。』

「うっし、じゃ行きますか!」


ちゃんと蓬莱に確認した岳人はなんて素直でかわいいんだろうと思った。

こういうヤツは誰にでも好かれる。


「夕日に照らされた街が見えて丁度良いじゃろ。良い案じゃ。」

「じゃあ、仁王行こうぜ!」

「俺はやはりおまえさんと乗るじゃな…わかっとったけど。」


有無を言わさず岳人が仁王を引いていったのを見て少し哀れんだ。

さすがの仁王でも観覧車だけは男同士で乗れるものとは思わなかったんだろう。

観覧車は大抵4人乗りだし、最後くらいみんなで乗ってもよかったんだけどな。


『…じゃあ、私たちも行こう?観覧車なんて子供の頃に1回乗ったっきりなの、』


すごく楽しみ。

そう付け加え言った蓬莱はすごく嬉そうだった。



*



観覧車に乗ってから、頂上に近づくのを待つ彼女は窓から下を見ていた。

少しずつ地上が離れていくのを確認しては頂上を見上げる。

その落ち着きのなさはまるで子供のようだった。

数分、頂上に到達すると目の前には絶景が広がった。

夕日が街をオレンジの暖かい色に染め、その景色を見ていると気持ちが暖かくなった。


『綺麗、』


夕日に見とれ、そう言葉を漏らした蓬莱の横顔に俺が釘付けになっていることを本人は知らないのだから困ったものだ。


『景吾、今日はいろいろありがとう?迷惑かけちゃってごめん。』

「迷惑なら迷惑、って言ったに決まってんだろ?」

『そっか…そうだよね。』


俺は窓の外を見て微笑んだ蓬莱の頬に自然と手を伸ばした。

そして、振り向いた彼女の頬にキスをした。


『ッ、』

「俺も楽しかったぜ?ありがとよ。」

『…うん!』


オレンジ色の光を放つ太陽のせいで彼女の顔色がわからなかったのは残念だった。

本当は唇にしたかった、なんて言ったら蓬莱はどう思ったんだろうか――?





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