act.32…お姫様
蓬莱と手を繋いで歩いていると急に立ち止まられ、腕が突っ張った。
振り向いて蓬莱を見ればあるものをじっと見つめていた。
それはメリーゴーランドだった。
蓬莱の視線をたどった先には、父親が幼い子供を馬に乗せているところだった。
少し羨ましい、そう蓬莱の頬に書かれていた。
「あれ、乗りたいんだろ?」
『や、ちょ、恥ずかしいからぁ!』
抵抗する蓬莱の手を引き、メリーゴーランドの乗り口で係員に大人が乗れる馬があるか尋ねると案内してくれた。
「どうぞ、お姫様?」
『もー…恥ずかしい。って、一緒に乗るの!?』
「ダメなのか?俺は王子じゃねぇけど別に良いだろ?」
『う、うん……』
彼女は恥ずかしそうに俯いてそう言ったが俺だって相当恥ずかしかったなんて蓬莱は知らないだろう。
ふと、俺はこの遊園地のメリーゴーランドの有名な話を思い出し、蓬莱にしてやることにした。
「このメリーゴーランドの馬は一つだけ規格サイズ外なんだってよ。その一体ってのはこれらしいぜ?」
『かなりこれ大きいよね?』
「カップル用なんだってよ。」
『カップル!?』
周りの馬と自分の乗る馬を見比べていた蓬莱はすぐにフェンス外に視線を向けた。
そこには自分たちを優しい目で見守る、順番を待つ人たちがいた。
カッと顔色を赤くするとまたも蓬莱は俯いてしまった。
「俺なんかが相手で可哀想に、」
『そんなことないよ…!』
試しに言った言葉を本気にするなんて驚いた。しかも、否定してくれた。
俺はそれだけで十分だった。
『というより、景吾が可哀想かも。』
「何でだよ?」
『私が相手だなんて……』
そう眉をハの字に下げた蓬莱を見て俺は笑った。
そのとき、メリーゴーランドが止まり、ご乗車ありがとうございます、とアナウンスがかかった。
先に馬から降りて蓬莱の両脇に手を添えて馬から降ろしてやった。
メリーゴーランドを後にしてから俺は立ち止まり、蓬莱に言った。
「俺はな?蓬莱みたいな良い女が恋人だったら最高に幸せだと思うぜ?」
そう言った俺に蓬莱は俺の服を握り、顔を胸に押しつけた。
恥ずかしがるその姿を見られたくなかったのだろう。
『バカぁ…』
「クククッ、マジだぜ?」
『あ…ありがとう。』
耳まで赤い蓬莱が可愛かった。
ちょっと悪戯に言ってはみたが実は本気だったから蓬莱の反応は嬉しかった。
それはいいとして。
今のこの少し早い心音を聞かれていることを思うとじっとしていられなかった。
『もぉ…なににドキドキしてるのかわからないくらいドキドキしてるよ。』
「ふーん?……どれ?」
『ひゃあ!』
左胸に耳を押しつけ蓬莱の鼓動を聞いてみた。
かなり早い心音を聞いて笑いが漏れた。
しかし実際、鼓動が早いのは俺も同じで――蓬莱を引き寄せて自分の胸に手を当てさせた。
平等に。
「メリーゴーランドにこの年で乗るとは思わなかったから正直緊張したぜ?楽しかったけどな。」
『……景吾が楽しかったならいいや。』
「蓬莱は?」
『私も楽しかったよ。』
お互いに楽しかったから良しということで、メリーゴーランドに乗った話は良い思い出となった。
*
俺たちが再び歩き始めたとき、探していた岳人が正面から歩いてきた。
俺は岳人を探していたことさえ忘れていた気がする。
「跡部と蝶、見ぃーけた!」
『岳人!』
「まったく!俺らがいない間に二人でなにイチャついてんだよ〜」
からかうように言う岳人に反論しようとした。
しかし、ふと蓬莱を見たおかげでそうできなかった。
顔を真っ赤にしていることに気を取られてしまい、俺は言葉を詰まらせたのだった。
「向日、ほっておきんしゃい。」
「あーい!」
「あー…そういや、腹減ったのう。」
「じゃあ、飯食いに行こうぜ!」
「お二人さん、顔の火照りが冷めたらきんしゃいよ?」
「お、おいコラ!」
こんな状況で二人きりにしやがって。
そう思ったときにやはりすべては計画の元で実行されたんだと気づいた。
しかし、二人の好意(?)だから文句も言えやしない。
『ごめんね、景吾。』
「なんで謝んだよ?」
『誤解招いちゃったから…』
「そんな誤解なら願ったりだな。」
そう笑い飛ばしながらも内心はドキドキしていた。
怖くて蓬莱の顔色をうかがうことさえできないなんて、いつからこんなに臆病になったんだろう?
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