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act.17…涙が晴れれば


その時、蓬莱は頬を膨らませてこう言った。


『ただ、景吾の前では泣きたくないの!』


そんなに俺がイヤなのか、と激しい思い違いをする俺は眉を寄せる。

その表情を見てか、蓬莱は笑いだした。


『変な顔〜!』

「変とか言うな!!」

『だって…ねぇ?』

「バーカ。」


お互いを見て、ブッと吹き出して笑った。

俺は蓬莱に少し素直になれたし、蓬莱は泣いたせいかすっきりした顔をしているから俺としてはまぁまぁ満足だった。


「なぁ、蓬莱?辛いことがあったらいつでも言えよ?なにもできなくても話は聞いてやれるし。」

『ありがとう。』

「礼には及ばねぇよ。」

『なんで?』

「なんでって言われてもな……友達、だから?」

『疑問系なんだ?』


本当は“好きだから支えてやりたい”と言いたかった。

でもまだお互いをよく知りもしないのに軽くそんなこと、言えるわけがない。

そう、そのとき俺は蓬莱に一目惚れしたんだ、と自覚した。

中村や仁王に散々言われたとは言うものの自分は認めてなかっただけあり、今更恥ずかしくなってきた

そうでもなきゃ、あの日から蓬莱のこと常に思い返したりしていないのにな。


「フッ、この俺がな……」

『なに?ニヤけちゃって?』

「いいや?なんでもねぇよ。」


俺がどんな顔をしているか自分ではわからないが変な顔をしているに違いない。

しかしなぜか、蓬莱は俺を微笑んで見てくれているからそれでいいと思った。

いつの間に自分はこんなにも一人の女に尽くそうとするようになったのか、不思議なものだ。


『あ、こんな時間。私はそろそろお暇(いとま)するよ。』


時計を見てそう言った彼女は身支度を始めた。

俺は蓬莱とまた会えるか不安で彼女に滞在期間を尋ねた。


『1ヶ月だよ。』

「その間、どこにいるんだ?」

『ホテルだけど?』

「ホテル!?1ヶ月もいればかなりかかるだろうが!」

『んー…宿泊費だけで15万くらいかな?』

「6連覇もしてるプロはやることが違うな。」

『そう?みんなはもっとすごいみたいだよ?アメリカではマンション暮らししてるから日本で住んでた家は売りに出しちゃったの。だからホテルに泊まるしか方法がないの。』


言い聞かせるように言うと彼女は苦笑していたが、俺は思った。

18年も母親と過ごした思い出の詰まった家を手放すことをどれだけ惜しんだんだろう、と。

一人でホテルにいればまた、あれこれと辛いことを思い出すかもしれない。

それならば、


「うちにいろよ。」

『え?』

「そんなに金を無駄遣いする必要はねぇだろ?」

『そんな、そこまで迷惑はかけられないよ。』

「迷惑?有り余るほど部屋があるのに俺しかいないんだぜ?迷惑になるかよ。」


断られるのを承知で言ってみた。

少し戸惑う表情でいる蓬莱はきっと断る理由を探しているに違いない。


「跡部んちは便利じゃよ。」

「……仁王。」

「それに跡部邸はガードが堅いから安心できると思うん。」


仁王は俺たちの話を聞いていてタイミングを見計らって話に入ってきたのだろう。

後押しすることで蓬莱が断りにくい状況を作ってくれた。


『本当に迷惑にならない?』

「あぁ、」

『それなら……お願いします。』


蓬莱が軽く頭を下げると仁王がよかったな、と口パクで言っているように見えた。


「岳人は?」

「まだ寝ちょる。」

「そうか。なら中村に言ってくる。」


俺がその場からいなくなると蓬莱が仁王に質問していた。

声だけが聞こえたから様子はわからないが……。


『本当にいいのかな?』

「跡部はめんどくさいことに首を突っ込まんタイプなん。イヤならそんなこと言うとらんよ。」

『そっか…そうだよね。』

「それにこんな広い家の中、ひとりで過ごすのは寂しいんよ。だからいいんじゃなか?」

『雅治は景吾思いだね?』

「岳人もじゃよ。アイツが独りにならないように一緒におるん。」


仁王がいつもそばにいてくれる理由は同情だったのか?と思った次の瞬間だった。


「イヤイヤじゃなか。俺らがアイツと一緒にいたいん。親代わりってやつ。」

『良い友達がいて羨ましいな…』

「親友って言うくらいじゃもん。」


それは陰で聞いていた俺の瞳をジワッと潤わせるには十分過ぎる言葉だった。





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