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act.16…思い出


満足いくまで食べた岳人は頬杖をつき、今にも頭が落ちそうだった。

俺と仁王は呆れながら岳人を見ていた。


「昨日もあれだけ食べたのにな。」

「好きなもんに関しては飽きないんじゃろ?」

『船漕いじゃって可愛いなぁ。』


仁王は仕方なく岳人を抱き上げ、中村に目配りする。

中村はすぐ岳人のために部屋を用意すると言い、仁王を案内した。


「『………………』」


俺はなにを話せばいいのかわからず、ただ紅茶をスプーンで無駄にかき混ぜていた。

沈黙に堪えられなかった。


『私の家族はね…』


急に話始めた蓬莱の声を聞き、我に帰った。

折角二人になったのになにやってんだ自分は。


『……父と母の3人家族だったの。父はプロテニスプレーヤーだったんだけど、幼少の頃に病気で亡くなったみたい。なんの病気かは知らないんだけど……』

「そうだったのか…」

『母に18年、育てられて来た。』

「18年?」


蓬莱は今、20歳。

そう考えると話の結末の予想はつく。


『最後に作ってくれた料理が“失敗したアップルパイ”だったの。パイをオーブンに入れたまま、買い出しに行った。』


蓬莱にとってアップルパイは特別な食べ物だったんだな。

聞けばその後、バイクが突っ込んできて…彼女の母は即死だったらしい。


「そうだったのか……」

『すぐ帰る、って言ったのに帰ってこなくて……だからパイは完全に焼き上がらなくて…』


泣き始める蓬莱になにをしてやればいいのかわからなかった。

一人おどおどしていた。


『一人で未完成のパイを前に待ってた。事故にあったと知った後も、母が帰るまで……』

「蓬莱、もういい。」

『どうしても誰かの手作りパイが食べたくって……』

「もういいっ!……もういいから。」

『無理言ってごめんなさいっ。』

「気にしてねーよ。」


本当に支える程度に優しく抱きしめるしかできなかった。

他にいい方法があるなら誰か教えてくれ。


『ありがとう。ありがとう、景吾。』


蓬莱はしばらく、俺の服を握りしめて涙を堪えていた。

気が済むまで、涙が枯れるまで、そばにいてあげたいと思った。



*



それから蓬莱が落ち着くまでゆっくりと時間が流れた。


『ごめんね?』

「別に、謝る必要はねぇだろ?」

『……うん。』


泣いてる間、服を握りしめていたその手は震えていた。

未だにあの顔は忘れられない。

きっと、出会ったときに言っていたのは母親のことだったんだろう。そう思った。

女手一つで育てた母との別れは彼女にとってひどく辛いことだっただろう。


『パイを見る度、母を思い出すの。』

「18にもなってたなら、なんでもう少しパイを焼こうとしなかった?生焼け状態であることくらい、見たらわかっただろ?」


そう聞くと、穏やかな表情で蓬莱は答えた。


『それも母の味、だもん。』


手を加えたくなかったんだな、生涯最後に作ってくれた味を噛みしめたかったんだな、と思った。


『だから、景吾がパイ作ってくれて嬉しかったの。』


力なく笑う蓬莱の手を無意識に握った。

俺は数十分前の照れ隠しで発言したことを後悔していたからだ。


「あんなもんでよければいつでも作ってやるよ。」

『……ありがとう!』


彼女が笑ってくれているなら、それでいいんだ。

なにか俺に出来ることがあるなら、それでいい。

――そう思った。



*



泣き止んだ後、しばらくしてから落ち着いた時の蓬莱は可愛かった。

いきなり赤面して俺を突き飛ばしやがった。


『ご、めんなさいっ。』

「いや、」

『やだ、人前で泣くなんて。しかも景吾の前で。』

「別に恥ずかしいことじゃねぇだろ?」


気にしているのは本人だけ、というのはよくある話だ。

俺が泣いている顔もまた魅力的だ、なんて思っていたのはここだけの秘密。





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