act.14…大切なこと
蓬莱が場所選びを岳人に譲ると喜んでいそいそと席に着く。
それを見て、蓬莱は笑っていた。
「「“ありがとう”だろ!?」」
岳人は未だに子供のようで蓬莱が俺らを夫婦みたいだと笑う。
「じゃあ、俺は二人の子供?」
『そんな感じ。』
「自覚してやがったのか、岳人のヤロー」
「まぁ、自覚しとっても素じゃろうけどな。きっと忍足のしつけが悪かったんじゃ、」
嬉しくはない内容でも自然と笑えた俺がいて、警戒心のわりと強い岳人が蓬莱になついて、あまり表情を緩めて笑わない仁王が笑っていた。
きっと蓬莱のおかげだろうな、と感じた。
「景吾ぼっちゃま、お客様はなにを飲まれますかね?コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」
タイミングを計って中村が顔を出した。
性懲りもなく、岳人は真っ先に注文する。
「俺はオレンジジュース!」
「じゃから、客人が優先やて。」
『別に良いって。あまり客人だなんて私自身思わないし。』
「蓬莱は紅茶か?」
『うん。』
「紅茶3つとオレンジジュースですね、かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
中村がテーブルを離れて数分もしないうちにワゴンに飲み物を乗せて来た。
アップルパイも一緒に。
「景吾ぼっちゃま、お持ちいたしました。」
「あ、あぁ…」
中村は客人の前でだけ俺を“坊ちゃま”と呼ぶ。
正直言うと気持ち悪い。
そんなことよりもだ。
「……なぁ、蓬莱?」
『なに?』
「アップルパイ、なんだけどよ?」
『うん?』
「違うもん、食わせてやるから少し待ってくれるか?」
『え、なんで?作ってくれたんでしょ?』
「作ったけど…あんなもの客人に食わせらんねぇよ。」
俺の表情を見て、蓬莱はワゴンへと向かっていく。
すぐに引き止めようと手を掴もうとしたがあっさり避けられた。
「なっ、ちょ!!」
『これでしょ?』
皿に乗っているアップルパイを一つ手で取り、口に運んだ。
マナーや礼儀なんて気にしないが味と反応を気にした。
「おー…豪快やのう。」
「俺もあれがやりたいぜ。」
「それより、景吾の顔が笑えますよ。」
「あ、ホントだ。口パクパクしてるし!ウシシッ。」
俺は慌てて蓬莱が持っていたアップルパイを奪った。
『あ、まだ食べてるのに!』
すると、それを奪い返そうとする彼女がいた。
正直に言えば、違うものを出すなんて逃げる真似はしたくなかったが出来が出来だから代わりを用意するつもりでいた。
なのに、それと聞いて手で掴んでまで食べてくれた彼女を見て嬉しかった。
俺の努力を認めてくれたからだ。
そうまでして俺のパイが食べたかったんだと思うと、嬉しいの他になにもなかった。
つまり、彼女にしたら味や見た目、出来具合なんてどうでもいいことだったのかもしれない。
良いに越したことはないが、蓬莱は一生懸命作ったそのパイを食べたかったんだろう。
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