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act.13…諦めたくはなかった


冷蔵庫で30分寝かせてはめん棒で伸ばし、それをまた寝かせるという作業を3〜4回繰り返してから焼く。

焼ける度に岳人がパイにかぶりつくがその反応を見る度に肩を落とす。


「そう簡単に出来んて……ユエがダメならおまえなんかもっとダメじゃろ。」

「中村でさえアップルパイは失敗しかしませんよ。他のものは作れますのに…」

「……だよな。」

「でも跡部、味はいい感じだぜ?」


そう言った岳人の言葉だけが励みとなり、再度パイに挑むのだった。

大体、見た目からしてアウトだよな。

なんで毎回焼けるパイがしっとりしてんだよ。


「てか、跡部……俺思ったん。この山ほどのパイ、どうする気なん?」

「あ……」


仁王に言われ、初めてテーブルを直視した俺は山のようにある失敗したパイを見てゾッとした。

これだけのパイを処分するには胃袋が4つ、つまり牛並に必要だった。

しかし、捨てるのはもったいないから食べて食べて食べまくった。

飯を食う暇なく焼きあがったパイを。

岳人だけでは消費しきれないと思った俺らはかなりの甘いもの好きで有名な立海大の丸井ブン太を呼んだ。


「うめーんだけど、味に飽きるな?」

「食わせてやってんだから文句言うな!」


丸井がかなり消費してくれたというものの、まだこんなにあることを思うと吐き気がする。


「跡部〜、俺腹一杯!もう一生飯いらねぇくらい食った!!」

「俺はまだまだ入るぜぃ?」

「向日も大げさじゃのう。まだ5皿あるぜよ?」

「俺はもう無理〜…」


余ったパイを必死に食べる丸井を見て、岳人もゆっくりと消費していく。

それでも多くのパイがゴミ箱へ行くと考えると肩が下がる。

味は良くても生地が膨らまければパイとは言えない。


「景吾、アップルパイは失敗して当たり前なんです。」

「でもよ、」

「しかたなか。手作りが食べたいって言うちょるん。なら、失敗してても良いんと違うか?」

「そうだぜぃ、跡部。気持ちが肝心ってな?」

「…そうだな。」


手作りだからと自分に言い聞かせ、そう適当に返事した。

しかし、そんな中途半端な理由で諦めたくはなかった。

蓬莱が食べたいと言ったものを俺は作ってやりたかった。


「(あの表情は…)」


きっと、食べたいと言ったのには深い理由があると思った。

だから、頑張っていた。



*



蓬莱が来る前に丸井には礼を言い、失敗したパイではない手土産を持たせて帰ってもらった。

それと入れ替わるように蓬莱が来た。


『早かったかな?景吾は?』

「跡部のヤツ手離せねぇから代わりに俺が出迎えたってわけ。」

『そっか。ありがとう、岳人くん。』

「岳人でいいぜ?君付けなんて恥ずかしいし。」

『わかった。じゃあ、岳人ね?』

「へへ、サンキュ。ほら上がれよ!」

『うん。お邪魔します。』


蓬莱の声がキッチンまで聞こえて緊張して心臓が跳ね上がった。

蓬莱が来たことに気付いた仁王は手をとめて、手を洗いに流しへ向かった。


「跡部、俺らが蝶の相手しちょるから作ってんしゃい。」

「あ、あぁ…」

「ユエもおるし大丈夫じゃ。」


そう言い残すと仁王はキッチンから姿を消した。それでますます不安になった。

しかし、中村がいてくれてるのが唯一の安心要素だった。


「景吾、大丈夫ですよ。失敗してもきっと食べてくれますよ。」

「だといいな…」


その会話を最後に気を遣って話をしてくれる中村にまともな返事をする余裕はなかった。

俺はただ、黙々とパイ生地を作っていた。


「よう、蝶。」

『雅治くん、お邪魔してます。』

「そん雅治くんてのやめん?今まで呼ばれたことないから変な感じするんじゃ。」

『じゃあ、雅治でいい?』

「ん、その方がマシじゃ。」

「今な、俺らの話してたとこなんだ!」

「ほー?」


招待主が客人をもてなせないのはいただけないが、今は仕方ない。

仁王と岳人に任せようと思った。


『3人は親友なんでしょ?何歳からの付き合いなの?』

「あ、俺と跡部はガキん時から知り合いなんだ。親同士が仲良くてな。」

『そうなんだ〜。今も仲良いんだね。』

「親友だもん!」


聞こえてくる会話に耳を傾けていた俺はヘヘッ、と自慢げに笑っていた岳人の顔なんか見慣れたものですぐ思い浮かぶ。


『雅治も生まれたときから?』

「いんや、俺は小学生の後半でこっちに来たん。二人とはテニスを通して知り会うたんよ。東京には春から住み始めたん。」

『へー?』

「仁王ってば小学生のとき、髪の毛こーんなに長くて、跡部が女と勘違いしたんだぜ!」

「あー…そんなこともあったのう。」

『まさか、景吾の初恋は雅治「んなわけないじゃろ。」

『だよね。そうだったら笑えるのになぁ、って思ったの。』


楽しそうな笑い声が聞こえてくる中、俺は一人真剣にオーブンを見つめていた。

膨らまないというのは99%目に見えてるが少しでも、と思っていた。


『あ、いい匂いしてきた。』

「俺はイヤってほど嗅いだからもういい。」

「早く出来ねぇかな〜」

「向日、おまえさんあれほど食うたんにまだ食べる気『あれほど…?』

「(しまった。)」

「んもー!バカバカ仁王!蝶にバレたじゃん!!」


そう、まさか仁王が口を滑らせるとは思ってなかった。

仁王に限ってそんなへまをするなんて考えられないことだった。


「バレたんなら仕方なか。跡部あれから、蝶にどうしても美味いパイ食べさせたくてひたすら練習しちょったぜよ。」


だからってふつう暴露するか?


『あれからって一昨日の日から…?』

「あぁ。」

『そうなんだ…なんか嬉しいな。そんな風にしてくれてるなんて。』


折角来てくれた蓬莱の相手をその時間ろくに出来ず、パイづくりに専念していたことはもったいなかった。

しかし、蓬莱が喜ぶ顔を思い浮かべパイを作っていたから苦ではなかった。


「中村、後は頼む。」

「了解です、」


焼き上がったパイを中村に託し、ようやく手が空いた俺は蓬莱に挨拶しに行くことが出来た。


「よぉ、蓬莱。」

『景吾、お邪魔してます。』

「あぁ。焼けたからこっち来いよ。」

『ありがとう。』


彼女を客室へ案内し、好きなところに座わるように促すと岳人が一番に動いたのだった。


「じゃあじゃあ、俺ここー!」

「バカ、ふつうは客人優先だろうが。」

『別にいいのに。』

「いんや、ここは保護者として教育しなきゃならんぜよ。おい向日。お客さんにどーぞってしんしゃい。」


子供に諭すように言う仁王。

完全に岳人を子供扱いしているように感じたが岳人は嫌な顔ひとつしなかった。





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