act.11…賭け
俺のことを気にしてくれていた岳人の発言をきっかけに俺たちは試合をすることになった。
あのままだと佳梨の話だけで日が暮れていたかもしれない。
「高校テニス界最強と言われた跡部と敵がいないと言われる蝶、どっちが強ぇーんだ?」
「さぁな。じゃけ、勝敗は見えた。跡部ん負けナリ。」
「なんで?」
「惚れた女が目の前にいてまともにプレイできると思うん?」
「あー…なるほどな。」
互いに耳打ちする仁王と岳人を気にしながら俺はラケットを構え直した。
高校テニス界でトップに位置するこの俺でも蓬莱のサーブは触れることすら出来なかった。
まるで俺のラケットを避けるかのようにボールが俺から逃げていく。
『勝てるの?』
「勝つんだよ!」
嫌味を言われ、またもやムキになり、強くグリップを握って構えた。
ギャフンと言わせたい、という気持ちが高まり、俺は自分のサービスゲームに賭けた。
しかし、意図もあっさり触られた。
「くっそ!」
『私に勝つのはやっぱりまだまだほど遠いね、景吾〜?』
俺の技は高校テニス界でしか通用しないということがわかった。
なにせ、蓬莱からワンポイントも採れずに負けたのだから。
俺のパワーボールをシャボン玉のように柔らかく着地させる。
目の前でプレイする蓬莱の仕草はまるで蝶のようで、彼女がそう呼ばれるのも納得できた。
「…練習不足か、」
『そうじゃないと思うの。ただ、経験が足りないだけだと思うよ?』
「経験不足?」
『いろいろとね。』
そう一瞬見せた顔があまりに優しかったから言葉の意味を気にもしなかった。
気にする前に話題を変えられた、というのもあるが。
『私が勝ったから約束果たしてもらおうかな〜?』
「俺に叶えられないものは無いぜ?」
『そう?じゃあ、難しいこと言おう〜っと。んー…景吾が作ったアップルパイが食べたい。』
「ア、アップルパイ!?」
蓬莱からの注文と俺の反応を見て仁王が控えめに笑った。
それもそのはず。
「ほ〜?お菓子の中でも難しいと言われるパイを跡部に作らせたらどうなるんか楽しみやのう。」
「膨らむどころか、きっと生焼けだぜぇ?俺はそれでも食べるけどな!」
そう、意地悪そうに笑う蓬莱はまるで子供のようにあどけない表情をしていた。
難しい注文はわざとなのか。
『難しいでしょ?』
「作れなくは…ない。」
『変えてあげてもいいんだよ?』
「なんでアップルパイなんだよ?」
『それは……』
今にも泣き出しそうで寂しそうな表情をしていたからなにかアップルパイに辛い思い出があるんだな、と思った。
だからその場では深く聞かなかった。
『岳人くんも雅治くんも一緒にご馳走になろう?』
「やったぁー!」
「わー嬉しい。そら、ご馳走さん。」
わざとらしく喜んだ振りをする仁王に肘討ちを食らわせた。
軽く咳込んだくらいで大事には至らなかった。感謝しろ。
「(アップルパイか。中村は作れたか?)」
『いつがいい?日にち決めておこうか。』
「俺はいつでもいい。」
「俺もいつでもOKじゃ。もちろん跡部んちじゃろ?」
「そうだな、場所はうちでいいだろう。材料用意する事考えたら明後日のほうが都合いい。」
『じゃあ、明後日ね!』
そう約束を取り決めたはしたが内心かなり焦っていた。
帰ったら中村に作り方を教わって、明日も特訓して、明後日に備えようと考えていた。
パイ生地がどれだけ難しいか知らないが練習しないよりマシだろう。
『景吾んちってあの大きなおうちでしょ?』
「あ、あぁ。」
『お昼過ぎにお邪魔してもいい?』
「わかった。待ってる。」
『あんな大きな家に上げてもらうの初めてだからドキドキするわ。』
「じゃあ、明後日な。」
そう約束を取り決めた。
しかし、明後日というのは時間がなさすぎだろうか?
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