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act.66…シンデレラ


日本に友人が多いことも考慮して俺達の夫婦生活は日本で始めることにした。

結婚式は質素にしたいという蓬莱の要望も聞き入れ、親族と本当に近しい友人のみで行うことになった。


『ウェディングドレスは当日まで見せてあげないから。』


ウェディングドレスを選ぶのに連れて行ったのは俺ではなく、なぜか岳人だった。

蓬莱に言いはしないだけでヤキモチを妬いたのは言うまでもない。


『引き出物なにがいいかな?この前、こんなの見つけたけど。』

「あぁ、いいんじゃね?」


結婚式兼、披露宴には学生時代関わった人間を呼ぶことになっているが、取材に来るカメラはすべて断っている。


『お父さんたちに見てもらいたかったな…』

「……これからは俺の両親が蓬莱の両親だ。」

『うん、ありがとう。』


両親がいない蓬莱にはバージンロードを一緒に歩く人間がいない。

蓬莱のことを考えると一般的な形式ですると彼女に辛い思いをさせることになる。

だから、ホテルの階を貸し切って式をすることにした。

きっと最終的にはわいわい言いながら食事をするんだろうが蓬莱なら喜ぶだろう――。





結婚式当日。

ホテルには多くの人間が集まっていた。

俺達は早くから支度をしていて、受付をしてくれたのは幼なじみの実莉と佳梨だった。


「景吾、蓬莱さんの支度が整ったようです。」

「あぁ、今行く。」


ユエから報告を受け、ウェディングドレスに身を包んでいる蓬莱を迎えに控室に向かった。


「蓬莱ちゃん、綺麗だわ。」

『ありがとうございます。』

「岳人くんの見立てがよかったのかしら?」


一応、扉をノックして返事を待つ。

間もなく返事が返ってきて、扉の前で身なりを整え、控室に入った。


「景吾、あなたは幸せね。」

「あぁ、そうだな。」


高校時代、文化祭でその姿を見たことがあるが、あの時とは比べ物にならないくらい綺麗だった。


「俺の花嫁。やっと手に入った。」

『お待たせしました。』


優しく抱き寄せて額をくっつけて二人で笑った。

こんな幸せでいいんだろうか。


「二人とも、式が始まりますよ。」


母親にそう促され、俺は蓬莱から一歩下がり、胸に手を当ててお辞儀した。


『王子様みたい。』

「王子様だろ?」


腕を蓬莱に差し出すと彼女は腕に手をかけた。

緊張する、と言っていた蓬莱は本当に緊張しているようだった。


「…なぁ?いつものはいいのか?」

『え?』

「おまえの両親が見えねーんだけど?」


あれは婚約期間中に聞いた話だった。

いつも首から欠かさずぶら下げている二つの指輪の意味。それは彼女の両親の結婚指輪だった。


「同席させないのか?」

『していいの?』

「ダメなわけねーだろ。」


蓬莱が躊躇っているのを見て、ユエが化粧台の上に置いていたネックレスを持ってきて渡した。


「大切な物ならぜひしてください。」

「……この指輪、蓬莱の指に入りそうだな。」

『え?』


そう言うと蓬莱はネックレスからリングを外した。何故か男性用の指輪、つまり父親の指輪を。

それを俺の指に通そうとしている。


『入ったら…運命かも。』

「?」

『だってシンデレラみたいじゃない。』


そう言って蓬莱は笑っていた。

指輪を見ていると右の薬指の関節で止まる気配はなく、最後まで進んだ。


『……すごい。』

「っ、」


怖くなった。

蓬莱の父親の指輪。

その指輪に念が込められているわけではないのに父親の存在が怖かった。

調べても知ることが出来ない存在だからだ。


『お父さんが亡くなった時、お母さんがずっと肌身離さず大切に持ってたの。お母さんが死んでからは私が二人のを持ってきた。』


ちょっと重荷だった、なんて蓬莱は言った。

父が死に、長年一人だった母――幸せになりきれなかった二人の指輪だけは引き離さしてはいけないと感じていたらしい。


「これ、預かってていいか?」

『え?』

「俺は蓬莱の父親みたいに蓬莱を置いていったりしねぇよ。」


蓬莱は母親の形見を俺に渡して手を差し出した。

まさか入るのか?


『お母さんが死んでから指に入れたことがあるの。生きていた頃にしていたものをいつも指にしているのが怖くて首からぶら下げてた。でも、景吾となら…』


――入った。

本当にシンデレラのようだ。

シンデレラ?

あれは本人の足に合わせて作った靴なのだからシンデレラがはけて当たり前だ。

だが、俺達は――…


『お母さん。お母さんたちの分まで幸せになるからね…』


シンデレラの物語のようではない。

人様の指輪、それが自分たちの指にはまるなんて――怖い。


「……いけね。式!」

『あ、』

「走れ蓬莱!」

『こんなので走れないよ!』

「仕方ねーな。」


蓬莱をお姫様抱っこして走った。

控え室にはユエがいたが、アイツは俺達がしていた大切な話の腰を折れなかったんだろう。


「それでは新郎、跡部景吾。新婦、旧姓米倉改め、跡部蓬莱の御入場です。皆様、温かい拍手でお迎えください。」


司会者がそう言ってから入場するはずの俺らが入場してこないから会場がざわついた。

俺は駆け込み状態で遅れて入場した。


「ぶっ…遅刻してやんの。」

「全く、見せ付けてくれるのう。」


きっと、駆け込んだ俺らを見て岳人や仁王は笑ってるだろう。

俺達らしいと――。





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