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act.65…幸せの頂点へ


――日本にて。

蓬莱との試合が始まって観客は大いに盛り上がっている。

だが、俺は蓬莱への怒りに燃えていた。


『っ、はぁ、はぁ…っ!』

「……」


蓬莱は試合開始から15分が経過した今、コートで屈み込んでいた。

ゲームカウント3-0。

俺は息一つ上がっちゃいない。


「……試合は終わってねぇぞ。」

『はぁ、はぁ…っし、こい!』


よろめきながら立ち上がった蓬莱は首からぶら下がるネックレスを右手で握りしめ、ラケットを左手に持ち変えた。


『私は…まだ負けるわけには…!』

「(ふん。強気で勝ち気な女は嫌いじゃねぇが、哀れだな。)」


高くトスを上げ、球を蓬莱の元へ送り込んだ。

先と同じようにろくなラリーが続かないんじゃないか、と思っていた。

しかし――


『はぁぁあ!!』


片手一つで見事リターンを決めた。

しかし、右手は震え、呼吸は乱れている。

俺は彼女のその異変に気づいているのに止めてやれない。


『(最後くらい…!)』


なにか強い思いを持ってこのコートにいるようだから。

それだけでなく、負けん気強い米倉蓬莱は途中で逃げ出したりしないからだ。

止めてやりたいのに止められない自分にも苛立っていた。

蓬莱のサーブから始まったこの試合は圧倒的に俺の強さを観客に見せるものとなりつつあった。


「リターンで華蝶風月だと!?」

『負けられないのよ。ライバル(景吾)には。』

「……俺だってライバル(蓬莱)には負けられねぇよ。」


4ゲーム目に突入して蓬莱が粘り始めた。

ゲームカウント4-0で未だ蓬莱はゲームを取ることが出来ていない。


『…はぁはぁ、サーブか。』


蓬莱はじっと俺を見てトスを上げ、打ち込んだ。

そうスピードは速くないため、楽にリターン出来ると思ったが、ラケットの寸前で球が消えた。


「エスケープか。」

『攻略しないと景吾は私のサービスゲームを奪取出来ない。』

「確かに、」


3球続けてエスケープでかわされた。

現在、40-0。

このままではゲームを取られてしまう。

それより、彼女にまだそんな力が残っていたことに驚いていた。


ラケット手前でボールの軌道が変わるというのはつまり、俺のリターン時の体勢を知っている証拠。

蓬莱が落としたサービスゲーム中、それを観察していたのか。


「ならば、やはり――」

『はあ!!』

「跳ね上がる前に打つ!」

『フロントフットホップ!?』


上手く攻めに転じられ、蓬莱はリターンを返すのがやっとだったようでロブが上がる。


「慌てろ。」

『……蝶は食われる瞬間まで足掻くのよ!』


スマッシュを打ち込んだ蓬莱は俺に背中を向けていた。

バックハンド気味に両手を広げた蓬莱の姿を見て思い出した。

米倉蓬莱は天才だと。


「ヒグマ落とし。…くそっ!」


サービスラインまで下がり、返したがネット際には蓬莱が構えていた。

ドロップショットを打ち放ったが“華蝶風月”ではない。


「零式ドロップ…!」


もちろん間に合うわけもなく、俺はボールが転がるのを見ていた。


「蓬莱…おまえ。」

『……』


蓬莱はなにも言わずに位置につき、早く打てと言わんばかりに俺を見ていた。

体力の限界までその蝶という美しさ、華麗さを“見せる”つもりらしい。

ラリーが続いていた中、タイミングを見計らって打ってきたのはポール回しだった。


「一瞬、球の行方を見失ったぜ。」

『よく見ていないとね。』


しかし、蓬莱は限界に近い。

そう思った俺は終わりにしようとグリップを握り直した。


「これが米倉蓬莱の最後の試合だ!」

『なんでそれ…!』

「よく焼き付けとけ!」


学生時代の持ち技を繰り広げる俺の攻撃をなんとか防ぐ蓬莱だったがついに――


『破滅への輪舞曲!?』


ラケットを構える暇もなく、あっさりラケットを弾かれていた。


「ゲームセット!ウォンバイ跡部、ゲームカウント6-3!」


俺はネットを越えて蓬莱に近寄り、手を差し出した。

それを見て、苦笑しながら俺の手を握ろうと手を差し出してきた。

しかし、力なく手が重なるだけで、蓬莱が俺の手を握る気配はない。


『ムーンサルトだけ、岳人に見せてあげられなかった。』

「アイツはテニスをしてる蓬莱を見ただけで満足だろうよ。」

『どこから見ててくれたのかな?』

「どこかでな。」


蓬莱の腕を引き、抱えあげて観客に礼をした。

すると解説者や報道陣が群がった。


「跡部さん、米倉蓬莱さんの最後の試合と言うのはどういうことでしょうか?」

『景吾、知ってたの?』

「……いや?」

『え?今日の試合で引退しようとしてたの知ってたんじゃ…?』


俺の驚いた声は報道陣の困惑した声でかき消された。

蓬莱が引退を考えていたなんて俺は知らなかった。


「引退するつもりだったのか?」

『黙っててごめん。でも、最後にどうしても景吾と戦いたくて――』


蓬莱の願いがかなったならそれで良いと思った。

俯いた彼女の顎をすくい上げ、目線を合わせると瞳が潤んでいた。

それがなにを意味するか。

大好きなテニスをやめるわけではなくとも、世界が注目するほどの腕を持つ選手が引退する決意をするのは苦渋の決断だっただろう。


「蓬莱、そんな顔すんな。俺が蓬莱の願いをもう一つ叶えてやるからよ。」

『え?』

「お嫁さんになりたいんだよな?」

『…あ、』


俺の発言で報道陣がムードを壊さないように言葉を飲んだ。

蓬莱はこれから先の展開を悟ってか、顔を赤らめた。


「米倉蓬莱は跡部蓬莱に変わる。…だろ?」

『……はい!』


俺ら二人のプロポーズと決意と誓いの言葉はいつの間にか報道陣にマイクを向けられていたため、会場中に響き渡った。

それから祝福の拍手と声が聞こえた。

俺たちはこの瞬間、最高に幸せだった。





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