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3話







偽りの恋






《奈々視点》


学校の教室にて――。


『忍足。話があるの。今日、部活終わってから会えない?』

「月神から誘ってくるなんてえらいこと(意味:大変なこと、すごいこと)やな。」

『出来れば景吾には内緒で。』


これがなにを意味するか、同級生の忍足にはわからなかっただろう。でも、深刻な内容だと理解してくれたみたいで応じてくれた。

私は彼以外、頭のいい景吾に対抗出来る男を知らなかった。


待ち合わせ場所――とある喫茶店に約束の時間前に来た私は店員にココアを頼み、俯いたままでいた。

見えるのは自分の膝の上で握った二つの拳だけだった。微かに震えているのは寒さ故ではない。不安故だった。

そこへ部活を終えた忍足が来た。


「お待ちどーさん。」

『ありがとね。』


入店した忍足に気付いた店員が水とメニューを持ってきた。忍足はメニューに目を通す事なく、コーヒーとだけ言った。

店員はそれを聞いてすぐにメニューを下げ、テーブルから離れた。それを確認した忍足は私に目を向けた。


「なんか悩みごとか?」

『最後まで聞いて受け止めてくれるって約束して?』


私の言葉を聞いてきちんと座り直し、聞く姿勢を整えてくれた。深刻なことだと改めて実感してくれたのかもしれない。


「ええで。話して?」

『明日から私の彼氏の振りをして。』

「どういうことや。」


いきなりこんなことを言って失礼だとは思った。でも、あまりのんびりしていられなかった。

景吾が納得する言い訳を作りたかった。それで自分も彼を諦められると思った。


『私、……っ、』

「ゆっくりでええで。」


苦しくて言葉を詰まらせた私を忍足はそう言って支えてくれた。そうでなければ泣いてしまっていたかもしれない。


『妊娠したの。』

「なんやて?」

『景吾の子なの。家庭の事情っていうの?それで別れなくちゃいけないの。でも、特に別れる理由がないから…忍足に助けてもらいたくて。』


忍足は知ってたんだね。私だけが人は愛する人と結ばれる、なんて平和なことを思ってたみたい。


「俺はかまわんで。ただ、月神は…そんでええの?」

『選択肢は他にないの。この子を生むならね。』


忍足も医者の子。命の大切さはよく理解しているはず。だから私の言葉に対して、こう言った。


「命を粗末にしたらアカンもんな。そんな人がママでその子は幸せやな。」


私の勇気と決意を褒めてくれた。だから私の決断に協力してくれたんだ。


「気を揉むなや?」

『うん…』

「今から彼氏役引き受けるし。」

『いいの?』

「奈々のためなら当たり前やろ?」

『もうなりきってるし。急に恥ずかしいじゃん。』


協力というか、むしろ喜んでるようにも見えた。なんにしてもこれだけやる気出してくれるのはありがたい。本物の恋人同士に見えるのが一番だから。


「奈々も練習や。侑士って言うてみ?」

『……ゆ、し。』

「ぎこちない。」

『だって、忍足としか呼んだことないんだもん!』

「そんなん俺かて同じや。」

『……はぁ。ゆー…し。ゆう、し…』

「まだまだ練習が必要そうやな。」


忍足はそう言って苦笑していた。私は必死になって“侑士”と言う練習を続けた。


「なぁ、奈々。」

『ん?』

「跡部が今日の部活で調子悪かったんって…」


言葉にしなくとも忍足には伝わっていた。もしかすると私の表情から読み取ったのかもしれない。

今日の朝一番に別れよう、と決意をしたのに決意が弱かったのかそう出来ず、部活前の放課後に別れ話を切り出すことになってしまった。

景吾と別れるのに会う自信がなかったから電話で一方的に伝えた。


『もう好きじゃなくなったって言った。侑士が引き受けてくれるかわからなかったから。』

「跡部になにか言うことがあれば次は彼氏が出来たって言えばええな。」

『うん。ありがとう。』


跡部家の使用人として雇われているお父さんの娘が財閥のご子息と恋愛なんて世間からすれば認められないのかもしれない。


「辛いもんやな。」

『これが大人の世界なんだね。』

「せやけど…妊娠してるんやったらこれからどないすんねん。」

『なにが?』

「学校や。」


大人の階段を上ると言うのはなにかと大変なものだ、と内心で呟いた。

確かに妊娠しているのに学校には通えない。しかも、景吾と同じ学校にはいられない。


『どうしよう。』

「考えてへんのんかいな。」

『うん。』


氷帝学園から通信高校へ転校もいいかもしれない。氷帝学園から行き先はいくらでもある。ただ、この学園を去るのは惜しいと思う。


「まぁ、お腹が膨らむまで時間あるしな。」


侑士はそう言って、一緒に考えたる、なんて言ってくれた。これから先、頼れる人がいるかわからなくて不安だっただけあって、ちょっと嬉しかった。


『ありがとう、侑士。』


私たちはこの会話を最後に店を出た。それから一緒に歩いているとある物が目に留まった。


『侑士、買い物したいから今日はこれで。』

「なに言うてんねや、奈々。俺は彼氏やで?彼氏が待たずに帰るなんて普通せえへん。」


私を待つ、と侑士は言ってくれた。その言葉に甘え、私は店内へ向かった。それで偶然出会ったのだ。

景吾に。

そのせいで私は胸が張り裂けそうな思いをした。

きっと、景吾も同じだったはず。


「あんなところで会うと思わんかったわ。…あ。今、水入れたるわ。」

『…侑士。やっぱり辛い。辛いよ!』

「……奈々。」

『景吾と過ごした時間すべての記憶がなくなればいいのに…!』


ねぇ、お母さん。


「お父さんの顔に泥を塗るわけにはいかないでしょ?」


景吾に黙秘することでお父さんのためになる、だなんて言ってたけど本当にそうなの?

私に隠していたことがあったなんて、過去にあった出来事の蓋が開かないようにするので必死だったなんて。

すべて知らなければよかった。






あきゅろす。
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