2話
生きてる君へ
《奈々視点》
初めて来た場所だったけど、不安に思うことなんて全くかった。そうなればそれでいいし、違えば違うでよかった。
でも、事実を知ることができて…幸せ、ただそう感じただけだった。
「おめでとうございます。」
聞き慣れない泣き声や見慣れない格好の女性たち、独特なにおいと白い壁。書籍棚にはそのところならではの本が並んでいた。
「月神さーん。月神奈々さーん?」
『あ、はい。』
看護師さんに名前を呼ばれ、立ち上がった。
私の周りに普段そんな人はいないけど、その日はその場にいる私が周りからすると珍しく、かなり浮いていた。
「今日はどうされましたか?」
診察室に入り、円形の椅子に腰を下ろすと優しそうな年配の医師(せんせい)にそう尋ねられた。
もしかして、なんて少し期待しながら私は医師に答えた。
『生理が来ないんです。』
「いつからですか?」
『予定日から数えて半月が経ちました。』
「生理不純の傾向はありましたか?」
『いえ、』
生理が来ない。
妊娠しているかもしれないことはなんとなく気付いていた。
「失礼ですが、セックスの経験は?」
『…あります。』
「では、ズボンをお尻まで下げてそちらの椅子に座りましょうか。」
診察台と言う名の椅子へ案内された。しかし、普通の椅子ではない。
足台から立ち上がる部分がふくらはぎにフィットした。座る部分も普通の形ではなかった。
指示通りに座るとお尻がむき出しだから椅子に触れてひやりとした。
「お腹見せてくださいね。」
所謂エコー検査だろう。医師はお腹にジェルを塗ってから機械を当てた。そして、モニターで確認しながら手を移動させた。
「…あ、いた。」
『え?』
「おめでとうございます。」
冒頭での言葉は私の妊娠を知らせる台詞だった。
私は誰の子か生まれてきて見なくともわかっていた。それが跡部景吾の子だということを。
「えっと、奈々さんは15歳ですね。高校1年生ですか?」
『…いえ。』
「なら、中学生なのね。まずは親御さんと相手の方に相談しなければいけませんが…相手の方は自分でわかってらっしゃいますか?」
『はい。』
「お幾つでしょうか。」
『彼も同じ歳です。』
「そうですか。出産に関しては保護者の方の同意が求められますのでご両親にお話ください。」
親切な医師で未成年の私に嫌な顔ひとつせず、最後まで診察してくれた。命が誕生する手助けをする産婦人科には私のように愛する人の子を授かった人もいれば、欲しくて出来たわけじゃない人もいるという。
授かれた嬉しさを私が感じていることを知った医師は妊娠を喜んでもらえるのが私は一番嬉しい、と語った。
中には堕胎させることを選ぶ人もいるらしいけど、私には考えられない。誕生した命を殺すなんて一種の殺人だと思ったから。
『ありがとうございます。』
「お大事に。」
嬉しさを抑え、一番に報告するのを控えた。やはり未成年たる者、親に報告することが先だろう。
そんなときだけいい子ぶったから罰があたったんだと思う。私は帰宅して早々に母親に報告した。
『お母さん、報告があるの。』
「え〜?いいこと?」
『私は嬉しいけどね。』
母は温かい紅茶を入れ、話を聞くために心神ともに整え、テーブルについた。話を聞く態勢が調ってから私は話した。
『妊娠したの。』
「え?」
『怒られるかもしれないと思ったけど、隠していられるわけじゃないし。』
「相手は知ってるの?」
『まだ。でも、私は存在してる命を殺すなんて出来ないから生む。反対されても。』
この時点では母はなにも反対するつもりがなかったのか、私の考えを尊重してくれていた。
「お父さんにも話さないとね。」
『うん。』
温かいココアを飲みながら私はお腹を撫でてみた。まだ小さい命がここにあると思うと嬉しかった。
「ところで相手は誰?」
『あ。同級生の景吾だよ。』
「…けいご?」
『うん、跡部景吾。』
母は立ち上がり。窓辺に立ち、遠くを見つめているようだった。振り返った母の表情は先の暖かいものとは違い、怖い表情だった。
「……奈々、出産条件よ。」
私は生まれてくる子の命を殺せなかった。医師の言葉も胸に響いていたし、母の提出した条件を呑むしかなかった。
『……景吾と別れる。』
愛する人との間に出来た子供を手放すことは出来ない私は景吾を突き放すことを選んだ。
その時は知らなかったけどどのみち、私は景吾と結ばれない運命だったみたい。
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