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1話







早く大人になれ






《跡部視点》


寒さに身が縮まるような身震いをしながら街の中を歩いていた。人が行き交う中、寒さなんてへでもないと言わんばかりのカップルが大勢いた。

独りの俺には見せ付けられてるようにしか思えなかった。


「(んなに寒いなんて本当に地球は温暖化なのか?)」


見せ付けられる光景に苛立ちながら温暖化を否定するという小さな八つ当たりをしていた。

いつの間にこんなにも小さな男に成り下がってしまったのか。


「お、跡部やん。」

「あ?……忍足。」

「なんや、買いもんか?」

「おまえは?」

「デートやねん。」

「あそ、」

「うわ。感心なしかいな。」


忍足の彼女なんか興味なかった。それは忍足がただの友達、部活仲間だから。しかし、その彼女の相手が――


『侑士、お待たせ。』

「おぅ、もういいんか?」


奈々でなければ、の話。


「……奈々。」

『け、景吾。』

「今跡部にたまたま会うてな。」


かつて愛し、今も愛している女が目の前にいるのに他の男のものになったなんて我慢出来ない。


「忍足、どういうことだ!」

「どうもこうもないで?さっき言うたやん?」

「っ、」


きつく奈々を睨んだ。俺は別れることにまだ納得していなかった。まだ彼女を心から愛していたから。

別れた次に付き合う男がもう決まっていることにも納得していない。奈々はそんな軽い女ではないと思っていたからだ。


「あ、ちょお!」


奈々の腕を掴んで無心で走った。後ろから彼女がなにかを言ってきたのにそのことにも気にせず、ただ走った。

忍足から奪い、やっと足を止めることが出来たのはとある公園だった。


『なんでこんなことするの!』

「俺はまだ納得してねぇ!なのに勝手に話終わらせやがって!」


一粒、また一粒と雨が空から降ってきた。奈々を失ったのは12月。冷たい雨だった。

それが俺を見る奈々の頬骨辺りに当たった。その雨がそのまま頬を伝って流れていった。まるで泣いているように。


『話すことなんてこれ以上ない。』


そのまま冷たく言い放ってそっぽ向いた奈々を見ても、その心が俺の元にないなんて信じられなかった。


「なんでだよ。」

『言ったじゃない。好きじゃなくなったって。』

「そんなんで納得出来るかよ!」

『いい加減にして!しつこい。』


そう言われ、カッとなった。

こんなにも人を真剣に愛せていたこと喜ぶなんて余裕はない。

俺は奈々を公園のフェンスに押し付けた。すると金網同士がぶつかり合い、大きな音が響いた。

丁度、雨が本格的に降って来ていたから近所の住民が驚いて窓から顔を出すことはなかった。晴れていたらわからなかったが。


「ふざけんな!」

『っ、』

「急に感情が冷める原因になにがある!?跡部家に就職(結婚)も考えておくって言ってたじゃねーか!!」


納得がいく答えが得られるわけがなかった。なのに俺は問い詰めていた。

奈々はしばらく黙っていた。ため息をついて、なにか言おうとする口から言葉が漏れることにさえ時間がかかった。でも、俺は待った。


『私……侑士が好きなの。』

「本気なのか?」

『本気だったらなに?』

「っ、」


信じられなかった。

あれだけ愛し合った俺らが幸せになれないなんて。あれだけ愛してくれた奈々が他のヤツを好きになるなんて。


「試していいか?」

『なにを?』

「本当に忍足が好きかをだ。」

『……なにをするつもり?』


この場で出来ることは限られていた。外だからだ。だから場所を移動する必要があった。


「来い。」

『や!ちょっ、放して!!』


暴れる奈々を大人しくさせる方法は知っていた。しかし今、効果があるかはわからなかった。


『んっ!んんー!!』


逃げられないように後頭部を支え、体を密着させるのに腰を引き寄せて唇を奪うとさらに抵抗した。

手で俺の肩を押していたが小さな抵抗で俺にすればなんら障害とならなかった。


『ん!はっ…はぁはぁ。』

「……奈々。ホントのこと言え。なにかあったんだろ?」

『…っ、………ふっ。キスすれば諦めてくれるの?』

「……キスの一つで納得するかよ。」

『体はあげない。二度と。』


何度も甘い夜を共に過ごした記憶が鮮明に残る俺には傷にからしを塗りたくられたくらい痛かった。


「……なら無理矢理もらうまでだ。」

『もうやめようよ景吾。言ったでしょ?私、今は侑士が好きなの。』

「奈々……」

『ごめんなさい。』


その場から立ち去る以外に選択肢はなかった。

石のように固まった足。奈々の元から遠ざかるために一歩を踏み出すのは辛かった。

遠ざかる俺を見て安心したか?それとも清々したか?


「奈々!よかった無事やったか。見失って遅うなってん。すまんな。」

『侑士…』

「なんかされたか!?」

『嬉しかったの。』

「え?」

『景吾にキスされて嬉しかった。なのに拒まなくてはいけなかった。胸が張り裂けそうなくらい辛かった。』

「よう堪えたな。頑張った。」

『…っ、なんで…なんで私が…!』

「こんなところでボロ出したらアカン。あーあ…こないびしょ濡れなってからに。妊婦が風邪ひいたら大変やんか。うちに行こうや。」


なぜ俺とおまえが別れなければならなかった?

改善出来る点があったなら俺はなんでもしただろう。

俺から奈々を奪った忍足を憎んだ。無力な俺には憎むしか出来なかった。

子供だったからだ。






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