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10話







すべてを知って






《奈々視点》


赤ちゃんにおっぱいを与え終え、私は病室で少し眠ることにした。

全身が痛むくらい力を入れたし、痛みに堪えるのに疲れきったからだ。


「ほんなら今のうちにつばささんとお義父さんで飯食うてくるわ。」

『うん…』

「ゆっくり休んでね。」


病室を後にした三人の足音が遠ざかっていった。それで私は眠りについた。


――コツ、コツ、コツ、


病室の扉がスライドし、誰かが私のベッドに近づいてきたみたい。区切っているカーテンが動く音がした。


「奈々…?」


瞼を閉じていてもわかった。目の前が陰ったから誰かが私の顔を覗き込んだことを。

窓から入ってくる風が頬を撫でるみたいに優しく触れられた。

それだけではなく、唇になにかが触れた。それに驚いてピクリと動いた。


『!』

「起こしたか?」


私の傍らにいた人物は顔色一つ変えずにそこにいた。(唇に触れたものは気の性かもしれない。)

それより私は自分の目を疑った。


『なんで…?』

「出産祝いはなにがいい?聞いてから用意しようと思ってよ。」

『景吾!』

「なんだ。」

『話聞いてた?』


そう、そこにいたのは景吾だった。いるはずがない人物、いてはいけない人物だった。


「奈々に会うために来た。悪いか?」

『……わざわざ?』

「月神と奈々の母親を連れて来てやったんだ。」


景吾がいう月神はお父さんのこと。でも、なぜ景吾が来たのか。私にはわからなかった。


「奈々、」

『はい。』

「幸せだろ?」

『当たり前じゃない。』

「なら、流産したこといつまでも悔いてんなよ?」


景吾が流産したことをなぜ知っていたのかわからなかった。だけど、情報源は絞られる。


「月神に聞いた。奈々には幸せになってもらいたかったのに、って言ってたな。」

『……幸せだよ?』

「今じゃねぇよ。その前だ。」


お父さんは反対していなかったんだと私はその時、初めて知った。聞けば、景吾は私達が付き合ってることお父さんに伝えてあったらしい。


「奈々、俺に本当のことを言わないか?」

『え?』

「本当だったこと、が正しいのかもな?」


私はベッドのリクライニング機能を利用し、起き上がった。

そして、景吾と目線を合わせた。

まるで好きな人に初めて告白する子供みたいにドキドキしてた。

私は彼に真実を伝えようと思った。


『すごく好きだった。』

「あぁ、」

『今は侑士を愛してるのになぜかあなたに会って…正直、ドキドキしてる。』

「……俺もだ。」

『景吾…っ。』


涙が溢れた。

まるであの頃――妊娠に気づいて景吾と別れようとしてた頃に戻ったみたいに苦しかった。


『私っ…本当はあなたと幸せになりたかったよ。』

「守ってやれなくて悪かった。」


溢れる涙を止められなかった。

景吾に抱きしめられて、今まで誰にも言えなかったことを吐き出すことが出来て解放されたみたいに気が楽になった。

でも、それが叶わないことを知るからまた違う意味で苦しかった。


『やっぱり、大人は嫌いだよ…』

「なんだそれ?」

『大人になると我慢しなきゃいけないことが沢山ありすぎる。』


そう言った私を抱きしめる腕の力が増した。それから幾分か時が流れ、お互い気持ちが落ち着いた頃、ゆっくり力を緩め、私を解放した。


「幸せになれよ。」

『うん、』

「次は娘の顔見に来る。」

『抱っこしてあげてね。』

「あぁ、」


ふと見た景吾の肩がかなり濡れていることに気付く。自分の涙だ。


『肩ごめん…』

「かまわない。」


景吾はそう言うと立ち上がり、カーテンに手をかけた。


「奈々…?」

『うん?』

「いや、……悪かった。」

『え?』

「(俺は自らの手で奈々を遠ざけた。流産させたのは俺だ。)」

『景吾?』


立ち止まった景吾は私の元まで戻ってくると先とはまた違うくらい強く抱きしめてきた。

切なくなる。


「奈々…俺は今もおまえを変わらず愛してる。」

『……景吾。』

「っ、………友達としてな。」

『うん。』


景吾が無理して笑っていることはすぐにわかった。でも、知らない振りをした。

そうでなければ……


「じゃあな。」

『うん、ありがとう。』


侑士がいるのにあなたを愛したいと思ってしまいそうだから。


「お、跡部。」

「月神、俺は先に帰る。」

「それならば私も、」

「いい。月神はここに残れ。」


それより、侑士が戻ってくる前にこの酷い顔をどうにかしなくてはいけない。

焦ってどうにかなるものではないのに焦る私。やましいことがあった証拠だと思う。


「跡部、肩濡れとんで?」

「……奈々に水ぶっかけられたんだ。言わすなバカ。」

「(なにが水や…涙の間違いやろ。今頃、奈々焦っとんな?……しゃあない。もう少し暇潰すか。)」


私はやっぱり思うのだ。

色んなことに気を遣わなくてはいけないせいでこんな疲れるなら――








とりあえず、寝たふりをしてみよう
(侑士相手に無駄だけど、)






** END **

2008.11.22

『いい夫婦の日』完結。

奈々ちゃん、侑士。
跡部に邪魔されないよう祈ってます。
お幸せにv




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