9話
ああ、友よ
《奈々視点》
四天宝寺は楽しかった。
氷帝とはまた違った個性派が揃っていたし、生活していて笑いが多かった。
結婚した今もみんなとは会うことが多い。
「予定日いつやった?」
『2週間後。』
「もうそげん迫っちると?」
「他人の子供は早い言うのはホンマやな。」
喫茶店で白石と千歳、謙也と話していた。仕事帰りに侑士と赤ちゃんの服を買うのに約束をしていた。その前に時間潰しに近況報告がてらお茶をしてた。
「服とか買うたらアカンで?」
『なんで?』
「プレゼントするたい。出産祝いばい。」
『ありがとう。……痛っ!』
「どうしたんや奈々。」
お腹が痛んだ。
どんな痛み?と聞かれても説明出来ないような痛みで、赤ちゃんが蹴ったような痛みではない。
『(まさか陣痛?)』
「奈々?」
『あ、ううん。なんでも。』
予定日はまだ先だから陣痛というのは納得がいかない。だから、少しずつ痛みが増したけどあまり気にしなかった。
「ほな、次会う頃にはお腹の膨らみなくなっとるかもしれへんな。」
「見舞い行くからな。」
『うん、ありがとう。』
みんなで店を出て、そこで別れを告げ、私は歩き出した。お腹に妙な痛みが走り、その場に立ち止まった。
『(…ッ、病院行くべきかな?)』
足を止めたが最後。そこから私は歩くことが出来なかった。
やはり陣痛かもしれない。かなり激しくなってきた。
「やっぱり陣痛やったんやけん。なしけん黙っとったんばい!」
『千歳…?なんでここに?』
「様子か変やけん不安で帰れなかったんばい。」
『そっかー…ありが…と…』
「奈々!?」
意識が遠退く。手放すか、否かの瀬戸際だった。千歳はすぐに携帯で連絡をとっていた。
「奈々が陣痛きとう。生まれるかもしれんけんがら早(はよ)、病院に…!」
千歳がついててくれたから、私は救急車で病院に搬送してもらえた。
「奈々。今、侑士きんしゃーと思うけん。頑張れよ。」
『う、ん…』
大きな手でしっかり私の手を握り、額の汗を拭ってくれていた。
ありがとうのあの字さえ声にならない。私は陣痛と戦っていた。
「中に入るわけいかんとよ。俺はここまでやけん。」
診察室へ向かう私にそう言うと千歳はゆるりと手を放した。
千歳にお礼を言う余裕さえなかった。
だから内心でありがとうと言った。
医師(せんせい)に診てもらい、もう少し陣痛が強くなるまで病室にいるように言われた。
台に載せられ、病室に運ばれた。その後は時間との戦いだった。
『っ、…はぁはぁ…うっ、』
「奈々!遅うなって悪い!」
千歳から連絡を受けた侑士はそれからすぐに来てくれた。
病室で割合長い時間、陣痛に耐えていた。握っている侑士の手が鬱血しないか不安に思う余裕はなかった。
「(気が気やない〜!)」
陣痛の感覚が短くなり、ついに分娩室に入ることになった。侑士も付き添うことにしたらしく中まで来てくれた。
「……っ、――……」
意識が益々遠退く。侑士の声さえ、聞こえなくなっていく。その時だ。
――パチーン!
頬に痛みを感じて目を覚ました。
周りの助産師さんたちも驚いていた。
「お母さん!妊婦になんてことされるんです!?」
『(…お母さん?)』
「こんなとこで負けるなんてこの先、どんなけ大変なことが待ち受けてると思ってるの!しっかりしなさいっ!あなた、お母さんになるのよ!?」
目の前にいるのが自分の母で驚いた。まさか、と思った。
何年も会っていない母が目の前にいる理由は検討もつかなかった。
「はい、息を大きく吸って〜吐いて〜」
看護師や助産師さんたちに促されるままにした。今は母に気を取られていられない。
「もう少しですよー!」
「奈々、頑張って!」
「奈々!」
母はなぜここにいるのだろう?
なぜ私は泣いているのだろう?
「頭見えてきましたよ!」
「頭見えたて!もう少しや!」
なぜ、昔と違ってこんなにも痩せ細っている母の手を頼って握っているのか?
酷いことをされて、酷いことをした母が私の前にいるのか?
『ふっ―――――うっ!』
「ぅ、おぎゃ、あああー!」
「生まれました!月神さん、生まれましたよ!女の子です!」
「よく頑張ったわね奈々!」
なぜ、こんなにも祝福されているのか?
『うっ…っく、あ…り…がとっ!ありがとうお母さん!』
「うん…うん、」
泣いている私の涙を侑士はタオルで拭ってくれた。
そして、開口一番こう言った。
「勝手なことしてすまんな。」
私はもうどうでもよかった。
あんな別れ方をして、結婚式さえ呼ばず、ずっと気掛かりだった母が来てくれた。それだけで嬉しかった。
『侑士、』
「ん?」
『ありがとう。私…幸せだよ!』
「大人もええもんやろ?」
そう言った侑士に私は笑って答えた。胸の上でおっぱいを飲む生まれたての赤ちゃんを優しく抱え、その小さな命の誕生をみんなで喜んだ。
「女の子はこれから楽しみね。」
私にすれば母は友のような存在だった。年老いてもきっと頼れる存在だろう。
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