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8話







知りたくない






《忍足視点》


『侑士、飛行機まで時間あるよね?』

「あるけど?」

『忘れ物あるから一度家に帰りたいの。』

「ええで。」


奈々の要望もあり、一度帰宅することにした。

俺は居間にいたから、二階で奈々がなにをしているかはわからなかった。

ただ、なにかを探しているのはわかった。


『あった!』


その声と同時になにかがバサバサと音を立てた。本か紙の束かが散らばったような音だった。


『もぉ!』

「手伝おうか?」

『平気〜』


そういう奈々に任せることにした。俺は携帯でメールの続きを打ちはじめた。


『…うそ。なにこれ…』


散らばったものを集めながらなにかに目を留めたのか。奈々は唖然と一枚の写真を持ち、階段を降りてきた。

それに気づき、階段下で奈々を待った。


「どうかしたんか?」

『……侑士、私っ。』


差し出してきた写真を見せられて驚愕した。少し古い写真で二人の人物が仲良く寄り添い、写っていた。


「跡部と……使用人?」


一人は跡部に似た人物、恐らく父親。もう一人はメイド服を着た女性、使用人だろう。

どことなく奈々を思わせる人物は――つばささん。


『お母さんだと思う。』


二人の写る写真はただの記念撮影なんかではない。知らなくていい事実だった。


『きっと、お母さんは景吾のお父さんと恋人同士だったんだ。身分の違いが許さなかった。だから別れた。だから私にも…!』

「まだ決め付けるんは早いで。」

『っ、』


奈々は台所までかけていくと自分の母親をどついた。

つばささんが倒れ込み、娘を見上げて驚いていた。


『お母さん言ったよね!?景吾と別れるなら生むのを許すって。でも、初めから条件なんてなかったんじゃない!?』

「なんの話?」

『景吾と別れなくてはいけなかったのよ!お父さんの顔に泥を塗るなんて口実だったんでしょ!?私が景吾と幸せになるのが妬ましかったんでしょ!?』

「母親に向かってなんです!」


パーンッと言い音が響いた。つばささんが奈々を叩いた音だ。


『だったら、流産した今、景吾とより戻してもいいってことでしょ!?』

「侑士くんはどうするのよ!?」

『質問に答えてよ!大人のくせにはぐらかすなんて恥ずかしくないの!?私そんな子供じゃないんだから…!』


そう言った奈々を落ち着かせようと俺は奈々を抱きしめた。

ただ、かなり興奮していたみたいで俺の腕の中から飛び出していってもうた。


「真実…聞かしてください。奈々が落ち着いたらいつか話しますから。」

「……別れなくてはいけなかったの。使用人の分際で主人を愛するなんて、周りから見ればご法度だった。」

「奈々に別れるように仕向けたんですか?」

「辛かった。二人が結ばれたら…私が省吾に会うことはなくても、省吾に瓜二つな景吾くんと顔を会わす機会が増える。だから…」

「自分でしたことわかってはるんですよね?俺、これ以上なにも言いませんよ。」

「あの子に嫌われても仕方ないわね。」


つばささんは理解していたみたいだった。奈々にしたこと、奈々を苦しめたことを。


「侑士くんにも辛い思いをさせたわね。」

「……奈々が決めることなんでまだわかりませんけどね。」


俺がフラれる可能性が高まったことをつばささんは気づき、謝ってくれた。

ふと、奈々がどこかに行ってしまったことを思い出し、すぐに追い掛けた。


「奈々…奈々!」


しかし、家を出てすぐのところに奈々は座っていた。

安堵して、その場にしゃがんだ。


「奈々。」

『びっくりしたよ…まさか、お母さんのそんなくだらないことのために別れたなんて。』

「聞こえとったん?」

『うん…』


落ち込んでるというような雰囲気でもなく、しみじみとそう言っただけだった。


『今までなにも知らなかったのに、それを知ったとたんこれだもん。今回、妊娠しなかったらどうしてたんだろう。』

「奈々…」

『バカバカしい。』


そう言った奈々は立ち上がり、俺の手を掴んで立ち上がらせた。

そして、自分の手首を指差し、時間だよと知らせてくれた。


『私、大人になりたくないよ。』

「なんでや?」

『子供は無邪気だもの。難しいこと考えないし。』


そう言った後にこう付け加えた。私、あんな大人にはなりたくない。――と。

複雑やった。


『お母さんの顔なんて二度と見たくないよ!』


その言葉は真実だったかもしれない。

俺たちの結婚式はこじんまりと行ったが、奈々は自分の両親を式に招待しなかった。






あきゅろす。
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