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6話







さようなら






《跡部視点》


嫌な噂を聞いた。

氷帝テニス部の部長として困ると言えば、かなりの戦力になる忍足がいなくなるということ。

一人の男として嫌なことを言えば、今も思いを寄せる相手である奈々が忍足と大阪へ行って行ってしまうということ。


「侑士ってば、夢やテニスより女とったんだぜ!?」

「まぁ、月神相手なら忍足は願ったりじゃねーの?俺に言わせりゃ激ダサだけどな。」

「奈々はかわEから俺なら忍足みたいにしたかも〜」

「冗談じゃありませんよ。女のためにすべてを捨てるなんて。」

「でもほら、忍足さんもきっと宍戸さんの言うようにそうすることを願ってたのかもだし。悪くも言えないですよね。」

「ま、そういうことだな。」


引退してからは来ることはないと思ってたレギュラー召集メール。それにより呼び出されて部室に来たから岳人が聞いた忍足噂だ。

もちろんその場には忍足はいない。


「おい、んなこと知らせるために集めたのか岳人。」

「悪いかよ。来年、再来年のテニス部はこのメンバーになるんだぜ!?」


忍足をパートナーとしていた岳人はより忍足の噂に敏感だったのかもしれない。


「…侑士がしてる指輪みたか?」

「指輪?」

「婚約指輪だとよ。500円。」

「ワンコイン婚約?」

「変な名前つけんな長太郎。」

「500円は安いC!」


奈々、そんな安い指輪ごときで人生を預けたのか?

俺は信じたくない。


「あ、おい跡部!」


もし、そうだとしたら――


『もしもし?』

「屋上に通じる階段の一番上の踊り場で待つ。」


お前にがっかりするぜ。


「来ねーかと思った。」

『用事、早く済ませて?』

「大阪に行く理由と俺がお前と別れた理由を聞かせろ。」

『……関係ないでしょ。別れたのに今更だし。聞いても仕方ないんじゃない?』

「気になんだよ。」


俺は電話で奈々を呼び出した。

来てくれたことに喜んだが現実は厳しく、彼女の冷たい態度は胸を痛ませた。俺への思いを完全に忘れてしまったようだからだ。

面倒くさそうにため息をはくと奈々はこう言った。


『…侑士に浮気してたの。』

「は?」

『で、妊娠したの。』


信じられなかった。

俺と愛し合いながら、忍足とも愛し合っていたというのか。奈々にそんな器用なことが出来たのか。


『景吾に飽きちゃったから刺激が欲しかったの。』


しかし、そう言った言葉は本心だと感じるほど。奈々、いつのまに演技がうまくなったんだ?


『じゃあね。』


階段を下りて行く奈々の腕を俺はすぐに掴んだ。

怒りが指先に集中していた。掴んだ腕に痛みを感じるのか顔を歪ませていた。


「お前自分で言ってることわかってんのか!?」

『だったらなに!』

「そうなら俺は軽蔑する。」

『…勝手にすれば?それより、放してよ!』

「!」


俺の腕を振り払った拍子にバランスを崩したのか、階段を真っ逆さまに落ちていった。


『っ、う……』

「奈々…!」

『来ないで!』

「っ、」

『軽蔑…するんでしょ?』


早くいなくなれ、と催促する奈々を前に俺はたたずんでいた。

腹を押さえ、携帯を取り出す奈々を見て、よくないことが脳裏を過(よ)ぎる。


『ゆ、…し。』

「どないしたん?また悪阻か?」

『階段から落ちた…』

「どこにいてるん!?」

『屋上…のとこ……お腹、……ヤバイかも……』

「今行くから!」


電話を手から零すように手放すとそのまま小さくうずくまった。

奈々は痛みに耐えながら振り絞るようなかすれた声で俺に言った。


『嘘、だか…ら…』

「?」

『浮気、とか……本当は…別れ、なくちゃいけなくって…理由探してた…。』

「なら妊娠は?」

『…あな、たの子だよ、けーご…』

「……っ、」


奈々が真実を語ったことで俺達、やり直せるんじゃないか。と、一瞬期待を胸に抱いた。しかし、奈々にその気はなかった。だから真実を語ったんだな。


『でも……ゆーしを今は…愛して、る。』

「なら、やり直す気はないんだな。」

『……うん。』


額に汗を滲ませて階段の上方にいる俺を奈々は一度見て答えを出した。

俺は制服の中に着ていたカーディガンを脱いで奈々の膝にかけてやった。


「悪かった、奈々…」

『悪いの、私だよ。』

「忍足、来るんだろ?」

『うん…』


わからない、奈々が。

今、どんな気持ちでこの場にいるのか。どんな思いで俺と別れたのか。

そんなにも大きな要因があったのならなんで相談しなかった?

今はどうにも出来ないがもっと早く知っていたら――


『さようなら、景吾。』

「…あぁ。」


せめて、奈々を妊娠させたことに気付いていたなら――


「奈々…!」

『ゆ、し…』

「どないしたんや!!」

『へ…き。落ちただけ。』

「お転婆にも程があるわ!」


俺は苦しまずにいられただろう。奈々を手放さずにいられただろう。忍足に奪われなかっただろう。


「なるほどな。そういうことだったわけ。水臭いヤツらだな。忍足も。」

「なんでこんなことになった…」

「恋愛に疎い俺に言ったところでなんの力にもならないと思ったにしても…おまえも水臭ぇって、跡部。」

「……クソぉぉお!」


そして、こんなに泣かずにすんだだろう。友(宍戸)に慰められることもなかっただろう。






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