5話
あなたと共に
《忍足視点》
奈々の彼氏を演じてもう少しで1ヶ月近く経過する。新しい年を迎え、彼女が妊娠してもうすぐ2ヶ月半になる。
奈々と二人で話をしたくて休み時間に屋上に連れていった。風邪をひかせるわけにはいかないと思った俺は奈々にマフラーを巻かせた。
少しはましなはず。
『話って?』
「大阪に行くん春からやったら間に合わへんやろ?」
『うん、4月なら少しずつお腹大きくなってるしね。』
「せやから2月に入ったら行かへんか?」
俺の言葉に驚いたらしい。丸い大きな目をさらに大きく開いて丸くさせていた。
急な話に心の準備が追いつかなかったのかもしれない。
『ちょっ、住むところは!?』
「親族がマンション持ってんねん。部屋空いとる言うてたから平気や。」
『……なら、生活費は!?』
「親にお嫁さん候補と住みたい言うたら仕送りしてくれるて言うてた。」
『どんな親なのよ!』
そういう親です、としか言いようがなかった。実際、同居という同棲に反対するどころか喜んだんやから。
「奈々の親には俺が話したるわ。」
『なんで!?』
「娘を拉致させてくださいってお願いすんねん。」
『そんなことを許す親がどこにいるのよ…普通はいない。』
「ちゃんと揺するネタあるから平気や。」
奈々は嫌な目で俺を見ていた。奈々のために捨て身でするのにそんな目で見られると切なくなるんやけど。
『侑士は敵にまわしたくない。』
「おおきに。」
『褒めてない!』
「お。ツッコミが身についてきたな。」
『違うし!』
もおっ、と言って呆れた奈々をそっと抱き寄せ、気持ちを落ち着かせてから言葉を口にした。
「不安なんか?」
『え?』
「俺が奈々を守れるか心配なんやろ。」
『そんなことは…!』
俺の言葉をまともに受け取った奈々は真剣に反論しようとした。ちょっとからかうつもりで口にした言葉にこんなにも反応してくれたのは嬉しかったり。
「よかった。」
『…なにが?』
「世界中で男は跡部だけやと思うとるんかと思っとったもんやから。」
そう言った俺にしがみついた。俺の言葉を否定するように。
『今は景吾じゃないもん。』
そう呟いた奈々があまりにも可愛くて、自分が彼女のそばにいられることが幸せやと思った。
「なぁ。大阪に一緒に行くってことはそれなりに考えてるやろ?」
『それなりって?生活費のこと?』
「ちゃうわ。さっき言うたやろ。お嫁さん候補って。」
『あれは親に仕送りお願いする口実じゃ…』
「俺が口だけの男やと思うか?」
そう言えば、照れ臭そうに下を向いてしまった。俺の言葉の意味を悟ってくれたみたいで俺はそれ以上の言葉を語らずにすんだ。
「今日、親に話しに行くか。」
『え!?今日とか急すぎじゃない!?』
「OKもらったら休みの日に大阪の住家、見に行こか。飛行機なら早いやろ?」
『ひ、飛行機!?』
俺の発言に驚いた奈々は唖然としていた。なににツッコミを入れればいいのか迷ってもいた。
『もう…侑士には驚かされてばかりだよ。』
呆れながらも嫌そうではない様子を見て安心した。だから、奈々は俺について来てくれると思った。
「ほんなら今日?」
『お母さんに聞いてみる。』
「それか、謎の失踪を遂げてみるか?」
『それもいいかも。』
「親不孝もんやなー」
二人で笑いあえる時間は続く。これからもきっと。そう思ってる。
今はそんなことを思うから過去を振り返ると不思議に思う。俺達の関係を。
初めて会った時からの記憶を辿ってみることにした。初めはただの転校生や同級生という意識が自己紹介をして友達になり、
「俺は忍足侑士や。」
『月神奈々。よろしく忍足くん。』
ただの友達だったのに学校でよく話をするようになり、ひょんなことから呼び方の話をして、より親しい友達となり、
「忍足でええよ。忍足くんって長ない?」
『呼び慣れれば平気だけどね。』
「忍足って呼んでや。そしたら月神って呼びやすい。いつも俺だけ呼び捨てなんやもん。」
『じゃあ、忍足。』
「そっちのがええわ。」
気を遣わない仲のいい友達からいつしか恋愛相談を受けるようになり、恋人がいたはずなのに知らぬ間に俺が(偽りの)恋人になることになり、
「俺でええの?」
『忍足しか頼める人がいなくて…』
「(まぁ、それはそれで嬉しいけど複雑と言えば複雑かもしれへんな。)」
嘘の恋人でいるうちに欲が募り、本当の恋人になれればいいのになんて思うようになり、願いが通じたのか結果――俺は恋人になった。
「好きや、奈々。」
『うん。』
「奈々は?」
『もちろん好きだよ。』
やから、恋人の次は――
「俺の可愛い未来のお嫁さん。」
『恥ずかしいからやめようよー!』
「幸せにしたるからな。」
『ふふっ、ありがと。』
永遠の契りを結ぶ仲になるん。
奈々が俺を選んだことを後悔させない。誰もが羨むような仲になりたい。
「よし、婚約指輪買いに行くか。」
『安いのでいいよ!500円とかでいいからね!』
「わかったわかった。」
『まったく、侑士も金の使いが荒いんだから!』
「“も”…か。」
跡部のあの字も出ないように愛して、愛して愛して――…忘れさせたる。
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