act.22『息が詰まる』
(宍戸視点)
アイツを許せたわけじゃないけど、跡部んちで生活することに少しは慣れた。
『宍戸、庭にこんな可愛い葉っぱがあったの。』
「四つ葉のクローバー?」
『宍戸が毎日飲んでた牛乳のパッケージと同じ葉っぱだよね?』
「はは、そうだな?」
『景吾さんが押し花にしてくれるって、』
「よかったな?」
『うん、』
「リョウ?」
『あ、はーい。今行きます!』
タタタッと軽やかに走る姿は犬の時となんら変わりはない。
変わってしまったのは外見だけで内面は変わりない。
「この辞書に挟めておけば出来るぜ?」
『どれくらいでできるの?』
「一週間くらいじゃねぇか?」
『楽しみ!』
大事そうに辞書を本棚に戻すリョウの姿はまるで子供のよう。
そんな純粋さが跡部は好きなんだろう。
「(あーあ。アイツ、自分の顔が緩んでることなんか知らねぇんだろうなぁ…)」
リョウを見る跡部の目は俺が今まで見てきた中で一番優しい。
その相手が犬なんだから可哀想なもんだ。
『宍戸、これ読んで?』
「……星の王子さま?」
『ダメ?』
「俺が読むより、跡部の方が朗読はうまいと思うぜ?」
『……そっか。じゃあ、景吾さんにお願いしてくる。』
トボトボと重い足取りで跡部の元へ行くあの後ろ姿も俺は知っている。
別に追い払った訳じゃない。
だだ、自然と跡部と自分を比べてしまうのだった。
「(バイト行かねぇと、)」
夕食を作ったり、洗濯物を干したり、掃除をしたりする時間がなくなった分、俺はバイトに時間を当てられた。
出費もなくなったことで通帳の貯金額が増える。
『宍戸、どこに行くの?』
「バイト、」
『……じゃあ、お見送りする。』
立ち上がって俺の元まで来たリョウを見てプッと笑いが漏れた。
「別にいっつの。跡部に本読んでもらってたんだろ?」
『でも、見送り……』
「気持ちだけでいい。ほら、跡部んトコに戻れ。」
リョウの肩を掴み、グルッと方向転換させ、背中を押してやるとよろけながら体勢を立て直し、俺を見て寂しそうな顔をした。
「じゃ、行ってくるわ。」
「宍戸、おまえバイトなんかする必要あんのか?」
「出来るうちに金を貯めておきたいんだよ。」
そう言い訳をして家を出た。
本当は跡部とリョウといたくなくてバイトしてるようなものだった。
「ダリィ、」
自分の空間がない今、精神的疲労はピークに達していた。
最近、ため息を吐くことが増えた。
俺はどこに癒しを求めればいいのだろう?
「お疲れさん、」
「……あ?なんだ、仁王か。」
バイト先の更衣室に来ると回転イスに座りながらアイスを食べる仁王がいた。
「顔が窶(やつ)れとうよ?」
「そりゃ、窶れもするっつの。」
「…とりあえず、姉貴が差し入れでくれたバナナを食って元気を出しんしゃい?」
ササッとバナナの皮を向いて俺の口の中にバナナを差し込む。
すると、口の中に独特な香りが広がった。
「バナナはバランスがいい栄養食品じゃよ?」
「バナナ…ね。なら仁王はバナナだな。」
俺がなにを言いたいか理解したのだろう。
仁王は苦笑しながら言った。
「嬉しいお言葉です。しかし、バナナってのは微妙じゃけえ。」
今、俺にとって一緒にいて力になるのは、頑張れと励ましてもらって嬉しいと思えるのは仁王だから。
だからアイツは俺にとって栄養食品なわけ(笑)
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