act.21『頼みごと』
(跡部視点)
俺は再び勇気を出して宍戸に近づいた。
「宍戸、」
予想通り返事はない。
爪が手の平に食い込むくらい握りしめた。
「リョウのために頼みがある。」
「知らねぇよ。」
「昨日、アイツ…宍戸の名前呼んで泣いてた。」
「…だから?」
冷たい返事にキツく宍戸を睨んだ。
しかし、それ以上にアイツは俺を睨んでいた。
「自業自得なんじゃねぇの?」
「なに…?」
「跡部がリョウに異変をもたらすから。だからリョウが泣いたりすんだろうが。俺は知らねぇよ。」
「夜中泣いてたんだ。」
「だから?」
“俺には関係ない”と言わんばかりに言う。
しかし、リョウのためだから引き下がりはしない。
「うちに来てくれねぇか?」
「はぁ!?」
「食費も家賃もおまえにかかる金、すべてを俺が負担する。悪くない話だろ?」
最低に成り下がるかもしれない。
リョウが泣き止むなら手段は選ばなかった。
バイトをしているとはいえ、出費を出来るだけ押さえたいであろう宍戸にはおいしい条件を提出した。
「バイトが終わったらうちに来い。あのマンションにあるものは引き上げといてやる。」
「……勝手にしろ!」
諦めたのか、宍戸はそれだけ言うとその場から去った。
内心ホッとしていた。
こうして、宍戸は俺の家で同居という形で生活することになった。
本人としては納得がいかないだろう。
しかし、そこは仕方ないの一言で片付く。
「マジで全部引き上げてきたのか?」
「あぁ、」
「………………」
あれから俺はすぐに手配し、宍戸の家の物すべてを引き上げてきた。
一応、別室に宍戸の物を移動してきたがしばらくはリョウのために一つの部屋で三人が生活することになっている。
宍戸用の部屋を見て、宍戸は唖然としていた。
『景吾さん、先にベッドに入ります。』
「あぁ、おやすみ。」
リョウの額にキスをしてやると優しく微笑んだ。
次に宍戸にゆっくり近づくと服の裾を摘んで数回引っ張った。
『先に寝るね?』
「あぁ、」
『おやすみなさい。』
そうリョウが言うと自然に宍戸が笑い、髪をひと撫でした。
満足そうに笑うとリョウは自室へ帰っていった。
二人きりになると空気が一変、張りつめた。
「宍戸?」
「あ?」
「嫌々だったろうけど……ありがとな?」
「別に、」
「フッ、あのリョウの顔を見たか?あの顔は俺じゃあ、作り出せねぇんだ。」
恋人に対する表情とはまた違うもの。
まさしく、ペットが飼い主をいつも目で追って、時たまかまってもらえたときに見せる表情。
純粋に喜んでいるのだ。
「だから…ありがとよ。」
そう再度礼を言えば、宍戸は複雑そうに顔を歪めていた。
そんな宍戸を自室に連れてきて寝るように促した。
「きっと、同じ屋根の下にいるだけでリョウは前より安心するんだ。」
ササッと着替え、リョウの顔をのぞき込んで思わず笑いが漏れた。
「見てみろよ。この安心しきって緩んだ顔を。」
そう言われ、興味をそそられたのかリョウをのぞき込むと宍戸本人は全く自覚はなかったろうけど優しく笑っていた。
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