act.75『忘れない』
(リョウ視点)
恐る恐るドアを開けた。
ドアを閉めて景吾さんの元に歩み寄りたかったけど足が動かなかった。
『景吾さん、……私、』
詰まらせた言葉の続きは宍戸を追いかけたい、という言葉。
こももに励まされて決心はしたけど、いざ景吾さんに話すとなると言えなかった。
景吾さんを愛していた一方、宍戸と離れたくない、とか受け入れてほしかった、なんて気持ちが交錯していた。
私を助け、世話し、愛してくれた宍戸が私にとって誰よりも大切な存在だとわかった。
『(……私言ったのに……ずっと飼い主でいて?って、)』
静かに涙を流した私を一目見て景吾さんは近づいてきた。
そして、比較的穏やかな口調で言った。
「行くんだろ……?」
でも、言葉と行動は一致しなかった。
急に景吾さんが力強くドアに手を突き、ドアが軋んだ。
ドアと彼に挟まれた私は身動きがとれなくなった。
『け、いご…さんっ、ごめ…なさ……』
泣いて謝るしか出来ない私に景吾さんはひたすら5文字の言葉を言う。
“愛してる”
辛そうに顔を歪めて言う景吾さんを見て益々罪悪感が増した。
ただ泣くしか出来なかった私はなんてズルいんだろう?
「アイツはおまえを捨てていったんだ!だから行くな!」
必死に言う景吾さんに残酷にも私は首を横に振った。
『………これ以上、景吾さんを…苦しめた…くないの。…ごめんなさい、』
私の言葉にそうか、と弱々しく呟いた景吾さんは再度確認として尋ねてきた。
「おまえの決心はかわらねぇのか…?」
景吾さんと過ごした時間と築いた関係を嘘だとは言いたくなかった。
だから私は彼の薬指にはまる指輪に触れて言った。
『景吾さん、…これ、ちょうだい…?』
彼からの愛を忘れてしまわないように、私が彼に愛されていたことを忘れてしまわないように。
「あぁ、いいぜ?」
『ありがと…』
景吾さんが自分の指から指輪を抜いて私に渡した。
それを両手でギュッと握ると喉が詰まり、呼吸が苦しくなって、目が熱くなった。
別れを惜しんでいると頭上から声があった。
「いつまでここにいるつもりだ、」
それに対しての返答に戸惑っていると半ば怒鳴ったように景吾さんは言った。
「早く行けっ!!」
嫌われたか、と思った。
でも、すぐに優しくほほえんでくれて安心した。
「俺の気持ちを無にするつもりなのか?」
『…ごめんなさい、』
「俺にはこももがいる。だから心配はいらねぇよ、」
そう言った景吾さんを信じていいのかわからなかった。
でも、信じなければ宍戸を追いかけられないと思った。
『景吾さん……ありがとう、』
私はそう言うと部屋を出た。
愛してくれてありがとう。
大好きだよ、景吾さん。
絶対にあなたを忘れない。
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