act.63『恩返し』
(宍戸視点)
文句を言いながらも夕飯を食べさせてくれるのだから、本当に面倒見が良い。
「俺、出掛けなきゃいけないんだ?」
「お留守番は任せて?」
「留守番はありがたいんだけど部屋とベッドを汚さないように!」
いつもと変わらない忠告を聞き、俺たちは佳梨にぃを見送った。
改めて二人きりになると変に緊張した。
「明日、恋人でいるのは目が覚めるまででいいんだよね?」
「あ…あぁ、」
「じゃあ、今も恋人として良い働きしないと!」
そう言うとこももは俺の腕にしがみついてきた。
おまえのそういう子供みたいで可愛いところ、俺は好き。
「ごはん、あーんてしてあげようか?」
「いらねぇし、」
「それは残念〜」
「…………」
「急に黙ってどうしたの?」
こももは一緒にいても疲れない相手だった。
気を遣わなくても良い、本当のことを言える相手でもあった。
「宍戸くんのバカ!意気地なし!」
「こももなんかアホみたいに走ってくじゃねぇかよ!!」
「それで助かったのは誰のおかげだと思ってんの?」
「あーはいはい、こももさまですー」
「ムカつく!もう宍戸くんなんか知らない!!」
「俺だっておまえみたいにワガママな奴ごめんだ!」
「言ったなー!?」
本気で喧嘩できる相手だった。
自分のすべてをさらけ出せる、そんな貴重な奴と俺は別れようとしてるのか?
こんなにも他人思い…いや、俺を思って、俺を守ってくれる奴を手放すのか?
他に好きな人が出来た、なんて理由でこももを退ける俺が誰よりも卑怯なんじゃないか?
一瞬でいろんなことを考えた。
こももとの思い出を思い返していた。
「宍戸くん、大丈夫?」
目の前のこももが歪んで見えた。
“本当にこれで良いのか?”
そう思ったとき、ペチッと良い音と同時に両頬に痛みを感じた。
「弱気になってない?」
そう俺の瞳を捕らえてこももは真剣な表情で言った。
しかし、すぐにその表情がふと軟らかくなると俺の涙を拭ってさらに言った。
「宍戸くんなら大丈夫。こももは宍戸くんが幸せになるのを望んでた。だから嬉しいよ?」
「で、も…」
「雛鳥が巣立ちしたのを喜ぶ親の気持ちがわかるもん、」
そう優しく笑うこももを力一杯抱きしめた。
“大好き”
“こももが大事だ”
そう思う気持ちはリョウを思う気持ちに勝てなかった。
こももへの気持ちが愛だと思っていた俺はなんて愚かなんだろう。
「宍戸くん、ごはんにする〜?それともこももにする〜?」
「……こももにする。」
「………熱ある?」
「ない、」
こももには自信を持つことと勇気を出すことを教えられた。
そして、なにより人を思う気持ち。
だから、恩返しをしよう。
「今日くらい、」
「……うん?」
「今日くらい良いだろ。熱っぽいこと言っても。最後なんだから、」
「……宍戸くんのおバカさん……」
こももだけを今夜は愛そう。
最後の夜に、最高の愛と欲をもって恩を返そうと決めた。
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