act.58『自分を知る』
(こもも視点)
学園祭でのハプニング以来、宍戸くんがリョウちゃんとの距離をいよいよ縮めているのはわかる。
それはデート中でも彼が上の空だから。
「宍戸くん?帰りにヘアスプレー買いたいの。」
「………」
「宍戸くん?」
「え?あ、あぁ。」
リョウちゃんの存在が宍戸くんの中で大きくなってるのも知ってる。
こももが立ち止まるなり彼も立ち止まるのを見て、悪戯っぽく言ってみた。
「なに考えてたか聞かなくてもわかるよ?」
「悪い悪い、考えごとしてて…」
「リョウちゃんのこと?」
「!」
図星だったみたい。
驚いたようにこももをじっと見てからごめん、と呟いた。
「謝る必要はないんじゃない?だって、最近リョウちゃんと仲良くなれたって言ってたし。」
「こもも、俺……」
「知れば知るほど相手に惹かれる要素が多くなるわけだから、好きになるのは仕方ないんじゃない?」
「そんなんじゃ!そんなんじゃない…」
否定する宍戸くんにこももは距離を縮めた。
セックスはリョウちゃんが好きだと気づく前からの付き合いだから問題はないかもしれない。
でも一度もこももとキスをしたことがない宍戸くんにしたら好きな相手以外とキスをするなんて出来ないと思った。
「じゃあ、キス…しよう?」
「…………」
その場の空気に流されて宍戸くんは勢いで目を閉じて待つこももの双肩(そうけん)を掴んだ。
しかし、一向に唇が重なる気配はなかった。
「どうせするならリョウちゃんとしたいよね?」
「だから、なんでリョウなんだよ。」
「だって、こももにキス、できないでしょ?無理しなくていいよ?」
腕を振り払い、宍戸くんにデコピンを喰らわせた。
「好きだって認めればいいのに。」
「俺にはこももがいるし、リョウには跡部がいる。」
「言い聞かせてるようにしか聞こえないけど?」
そう言うと宍戸くんは悲しげな表情でこももを見つめていた。
素直に答えれば楽になれるでしょ?
そう促すとごめん、と言われた。
こももとしては惨めな気持ちになるから謝らないで欲しい。
「今更気づくなんてな…」
「まだ遅くないよ?」
「ダメだ。俺は跡部との勝負を初期段階で放棄した。」
「……途中参加もありじゃない?」
そう言ったこももに宍戸くんは積極的だな、と苦笑した。
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